8月16日、アメリカにおいてオピオイド危機が社会問題となっている中、非営利の医療委員会「The Board of Medicine」はオピオイドに替わる鎮痛薬として、大麻成分「カンナビノイド」を処方するための診療ガイドラインを提唱しました。この論文は「Harm Reduction Journal」に掲載されています。
この論文ではTHCやCBDなどのカンナビノイドがオピオイドの代替となる可能性について、これまでの文献から総合的に検討。その結果、「カンナビノイドはオピオイド系麻薬の誤用・乱用による荒廃を軽減するための、最も興味深く、安全で、利用しやすいツールのひとつであることが分かった」と述べられています。
オピオイド危機の緊急性と、カンナビノイドを臨床で処方するためのガイドラインが存在しない状況に対応するため、The Board of Medicineのメンバーは定期的に話し合いを実施。これらのプロセスから、同委員会はオピオイドの漸減を目的とした業界初のカンナビノイド診療ガイドラインを作成しました。
ガイドラインでは痛みの種類やオピオイドの使用の有無に応じて、THCやCBDなどのカンナビノイドの具体的な投与方法を提案。委員会メンバーは臨床医や研究者に対し、このガイドラインにアクセスすることを求めています。
アメリカのオピオイド危機
オピオイドは最も高い効果を持つ鎮痛薬ですが、神経障害性疼痛などの慢性疼痛においては耐性が生じやすく、有効性が乏しいことで知られています。また、オピオイドには様々な副作用があり、特に過剰摂取すると呼吸抑制を引き起こし、死に結びつく危険性があります。
アメリカではオピオイドの過剰摂取による死亡が急増しており、オピオイド危機(Opioid Crisis)と呼ばれています。過剰摂取による死亡のほとんどが、違法に出回っているフェンタニルを中心とした合成オピオイド。2021年にアメリカでは、オピオイドの過剰摂取による死亡が10万人を超え、2022年にはオピオイドによる過剰摂取の経済負担は1兆ドルを超えると推定されました。
このような中、米国疾病予防管理センター(CDC)はオピオイドの処方に関するガイドラインの改訂版を発表。このガイドラインでは、急性及び慢性の痛みに対し、まずは「オピオイド以外の鎮痛方法」に目を向けることが強調されています。
大麻はオピオイド危機に役立つのか?
「オピオイド以外の鎮痛方法」の選択肢の1つとして注目されるのが、大麻や大麻に含まれる有効成分「カンナビノイド」です。大麻は鎮痛作用があることで知られており、特に慢性疼痛において頻繁に有効性が報告されています。
一貫性はないものの、いくつかの研究により大麻の使用及びその合法化は、オピオイドの使用量減少や過剰摂取による死亡数の減少と関連することが指摘されています。
2018年の縦断的研究では、アメリカにおいて医療用大麻販売店が開設されることで、オピオイドの処方が14.4%減少していたことが明らかに。また、カリフォルニア大学とイェール大学の研究チームは、米国疾病予防管理センターや国勢調査データを分析した結果、アメリカの郡内で医療及び嗜好用大麻の販売店が1〜2店舗増加する度に、オピオイドに関連する死亡率が17%減少すると推定しました。
2014年の研究では、医療用大麻合法州では非合法州と比べ、オピオイドの過剰摂取による年間死亡率が24.8%低かったことが報告されましたが、2019年の追跡調査ではこの結果が逆転し、医療用大麻の合法化がオピオイドの過剰摂取による死亡を減らすという主張は懐疑的とされました。
2019年のシステマティックレビューとメタ分析では、医療用大麻の合法化はオピオイドの処方及び過剰摂取による死亡率の統計的に有意ではない減少と関連していたことが示されました。
一方、2,897人の医療用大麻患者を対象とした調査では、過去6ヵ月間にオピオイドを使用していた34%のうち、97%が医療用大麻によってオピオイドの使用量が減少し、81%が大麻とオピオイドの併用よりも大麻単独での使用のほうがより効果的であると回答しています。
このように、大麻がオピオイドの使用に与える影響は研究によって異なっており、明確な結論を出すことはまだできない状況となっています。
オピオイドの減薬を目指すカンナビノイドの診療ガイドライン
大麻及びカンナビノイドが痛みやオピオイドの減薬に有益な可能性があり、これらの使用がアメリカ国内で拡大しているにも関わらず、医療従事者の間ではまだ大麻やエンドカンナビノイドシステムに対する知識が不足しています。特に、カンナビノイドを処方する診療ガイドラインが存在しないことから、医療従事者は患者にカンナビノイドを推奨することに懐疑的です。
そこで非営利の医療委員会「The Board of Medicine」は、医療従事者の知識不足、不均一な研究介入、未開発のハームリダクションの可能性に対処するために、鎮痛薬としてカンナビノイドを処方し、オピオイドの減薬・中止を目指すための標準的なガイドラインを作成しました。
以下に翻訳した内容を記載。
<一般的な考慮事項>
カンナビノイドの使用は低用量から開始し、最大用量までゆっくりと増量する。経口及び舌下投与が望ましいが、吸入でも可能。局所治療の場合は局所投与(経皮使用)でも可能である。
ー CBDについて ー
開始時または軽い痛みの場合、1〜2.5mg/回の用量で、1日3回食事と共に服用。できればCBDの吸収を高めるため、脂質を多く含む飲食物を一緒に摂取すると望ましい。
増量時または中程度〜重度の痛みの場合は、2.5〜5.0mg/回の用量で1日3回服用。
痛みの緩和を達成するために、必要に応じて3日おきに2.5〜5.0mgずつ増量する。CBDに1日の最大用量はない。
ー THCについて ー
精神作用と耐性を減弱させ、鎮痛効果を高めるために、CBDとの併用を推奨する。第一選択薬としては使用しない。
THCとCBDを組み合わせる場合、THC:CBDの比率は1:20から開始し、最大1:1になるようにする。
既存のCBDレジメンにTHCを加える場合、THCには催眠作用があるため、初回は就寝時から開始し、0.5〜1mg/回の用量で1日3回服用。
増量は3日ごとに1〜2mgずつ行い、THC:CBDが最大1:1になるようにする。THCの1日最大推奨用量は100mg。
ー CBC、CBG、CBNについて ー
CBC、CBG、CBNは、CBD(及びTHC)が有効でない場合に追加できるレアカンナビノイド。CBDの初回投与量の10〜25%の用量から開始することを推奨する。
ー 注意事項 ー
THCは慢性的な使用により気分が不安定になる(躁状態になることもある)危険性があるため、アンフェタミンを服用している患者では注意して使用し、モニタリングする必要がある。
妄想、精神病、躁病の既往歴のある患者では、THCの使用経験の有無に関わらず、THCの使用は避けるべきである。そのような場合、CBDが第一選択薬として推奨される。CBDでは、有害現象のリスクを最小限に抑えながら気分を安定させる効果があることが頻繁に認められている。
<オピオイドを使用していない患者>
特にカンナビノイドを常用する人では、CBDが第一選択薬として推奨される。CBD単独で目標を達成できない場合は、「一般的な考慮事項」のガイドラインに従い、THCを追加することができる
ー 筋骨格系の痛み ー
関節リウマチ:CBDを2.5mg/回の用量で1日3回、5週間経口摂取する。これ以降は3日おきに2mgずつ、最大25mgまで増量する。
線維筋痛症:CBD1mg/回を経口摂取で1日3回から開始し、関節リウマチと同様の手順で徐々に増量する。または、ナビロン(合成THC製剤)を0.5mgの用量で1日1回から開始し、4週間かけて1mg/回の用量で1日2回服用するように漸増する。
外傷後または手術後:CBDを2.5mg/回の用量で1日3回、5日間の経口摂取から開始。その後は上記と同様に漸増する。
ー 神経障害性疼痛 ー
一般:CBD2.5mg/回を吸入または経口摂取で1日3回から開始。最大25mgまで徐々に増量する。
HIV関連:CBD5mg/回を吸入または経口摂取で1日3回、またはCBDとTHCを2.5〜10mg/回を吸入または経口摂取で1日4回から開始。6日目以降から増量可。
糖尿病性末梢神経障害:CBD4mg/回を吸入または経口摂取で1日3回から開始。最大28mg/日まで増量可。
多発性硬化症:ドロナビノール(合成THC製剤)、またはCBDとTHCを経口摂取で1日1回10mgから開始。あるいはナビロン0.5mgを経口摂取で1日1回から開始し、4週間かけて0.5mg/週ずつ増量。
ー がん性疼痛 ー
CBD3mg/回を経口摂取で1日3回から開始。CBDの増量は5週間かけて3日おきに3mgずつ、最大25mg/日まで。
<オピオイドを使用中の患者>
ー CBDの導入について ー
・5〜20mg/回を経口摂取で1日3回から開始する。
・必要に応じて、3日おきに2〜5mgずつ漸増。
・4週間後、CBD単独で目標を達成できない場合はTHCの追加を検討する。
・CBDの経口摂取は、シトクロムP450ファミリー(薬を代謝する酵素群の総称)との相互作用によりオピオイドの吸収率を高める可能性があるため、高用量のオピオイドを服用している患者には注意して使用し、ゆっくりと漸増すべきである。
ー THCの導入について ー
・患者の性別、年齢、併存疾患を考慮し、0.5〜2.5mg/日から開始。開始時はTHC:CBDの比率が1:20になるようにする。
・3日おきに2mgずつ漸増する。
・最大でTHC:CBD=1:1を目指し、THCをゆっくり増量しながらCBDの服用を続ける。
ー その他カンナビノイドの導入について ー
・CBDとTHCの両方を12週間投与した後、不眠症状を改善するためにCBNなど他のカンナビノイドの追加を検討することができる。
・CBCとCBGは鎮静作用がないため、日中の疼痛管理が不十分な患者に有効な可能性がある。
ー 推奨 ー
オピオイドの漸減を開始する前にカンナビノイドの投与を開始する。カンナビノイドの投与量を徐々に増やしながら、オピオイドの投与量を徐々に減らしていく。
<オピオイドの漸減方法>
以下のいずれかに該当する場合は、オピオイドの漸減を考慮する。
・オピオイドによる重大な副作用がある
・大麻の服用量が最適化している
・大麻の使用により、機能やQOLの改善が報告されている
・大麻の使用により、疼痛コントロールのための頓服(レスキュー)の使用量が減った
オピオイドの漸減は1〜2週間ごと、または許容範囲に応じて、有効量(の中央値)の10%ずつから行う。
十分な疼痛コントロールが達成されたら、3ヶ月ごとにフォローアップを行い、以下のように定義される「臨床上の成功」を監視する。
・痛みの強さが30%以上減少
・オピオイドの投与量が25%以上減少
・オピオイドに関連する副作用(便秘、鎮静、吐き気、錯乱など)の減少
・オピオイドの中止
可能な限り、完全中止を目標にオピオイドの漸減を継続する。
研究者らの想い
「The Board of Medicine」のメンバーは、カンナビノイドをリスク軽減の手段として安全に利用できる前例が臨床の現場に存在することから、医療システムにおいてカンナビノイドを「実行可能な治療の選択肢として組み込むことができると信じている」と述べています。
また、委員会メンバーは大麻由来の医薬品に対する抵抗やスティグマが存在することを認めつつも、感染予防手段としての手指消毒、消化性潰瘍と闘うためのピロリ菌治療、がんの遺伝的基盤はかつて、その時代に確立された医学界から全て否定されてきたことを指摘しています。
論文の最終部分では、「私たちの患者の多くは、すでにカンナビノイドを用いた疼痛管理への自主的な取り組みを始めており、利用可能な情報を統合し、より厳密な研究を行い、ベストプラクティスを形成し、この分野とケアする人々の両方に情報を提供するガイドラインをスティグマ抜きで実施することが、今、医療提供者に課せられています」と述べられています。
そして最後は、内科医の父であるウィリアム・オスラー(William Osler)博士の以下の言葉で締めくくられています。
「患者を診ずに本だけで勉強するのは、まったく航海に出ないに等しいと言えるが、一方で本を読まずに疾病の現象を学ぶのは、海図を持たずに航海するに等しい」
(To study the phenomena of disease without books is to sail an uncharted sea, while to study books without patients is not to go to sea at all)
その他の参考記事
当メディアでもこれまで、大麻やカンナビノイドがオピオイドやその他鎮痛薬の減薬に役立ったという研究報告をいくつか紹介してきました。興味のある方は、以下の記事もご参照下さい。
・慢性疾患患者、医療用大麻の使用によって症状やQOL改善 オピオイドの減薬・断薬も (イギリスの観察研究)
・医療用大麻の長期使用により、オピオイドの使用量が減少(ニューヨーク州保健省や大麻管理局の研究者らによる報告)
・フロリダ州、医療用大麻使用者の約8割がオピオイドの減量・中止を報告(アメリカの横断的研究)
・医療用大麻使用者の89%が「オピオイドよりも痛みをコントロールできる」と回答(米プエルトリコにおける横断的研究)
・慢性疼痛患者が医療用大麻の使用で痛みや心身の状態を改善 処方薬の減薬も(アメリカの観察研究)
・米国の退役軍人は心身症状の改善や処方薬の減薬に大麻を役立てている(アメリカの観察研究)
・骨盤痛を有する女性、大麻の使用で痛みやQOLが改善 鎮痛薬の減薬も(カナダの観察研究)
・17年間神経痛に苦しんだ女性 医療大麻により「人生のセカンドチャンスを与えられた」(イギリスの症例報告)
・豪、医療用大麻使用者の抗不安薬や抗うつ薬などの使用量減少が明らかに(オーストラリアの観察研究)
・関節炎に対するCBD使用によって痛み・睡眠・身体機能を改善(アメリカの横断的研究)
・大麻で救われた4人の物語(ポーランドの症例報告)
・イスラエルのがん患者、医療用大麻による症状改善や鎮痛剤中止を報告(6ヶ月間の追跡調査)