慢性疼痛、PTSD、うつ病などの病状を抱えた退役軍人が大麻を使用することで心身の症状やQOLの改善、処方薬やその他嗜好品の使用量減少に役立てていることがアメリカの研究チームにより報告されました。論文は6月公開の「Clinical Therapeutics」に掲載されています。
日本では第二次世界大戦後、日本国憲法に従い戦争の放棄が継続されています。しかし、アメリカは第二次世界対戦以降もベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争、アフガニスタン紛争など、様々な戦争を経験しています。
言うまでもなく、「戦争」という現実離れした非情な経験は、兵士の心身に多大な負担をもたらします。実際、2020年時点でアメリカには約1,900万人の退役軍人が存在し、このうち1日あたり16.8人が自殺し、さらに約3人に1人がうつ病、4人に1人が不安障害やPTSDに悩んでいると推定されています。
また、心身共に傷を負った退役軍人はオピオイドやアルコール、違法薬物に依存するリスクが高い集団であることでも知られています。退役軍人では大麻使用者も多く、2021年の研究では米国の退役軍人4,069名のうち、約12%が大麻を使用していたことが報告されています。
しかし、この集団における大麻の使用は、戦争に伴い生じた痛みや精神疾患に対するセルフメディケーションとして活用されている可能性もあり、実際に医療用大麻は慢性疼痛、不安障害、PTSD、うつ病、睡眠障害など、軍人でみられやすい疾患や症状に対する代替療法として活用されています。
米国退役軍人を対象とした横断的研究
マサチューセッツ州にある非営利団体「Cannabis Center of Excellence」を中心とした研究チームは、国内で大麻を使用している退役軍人を対象としたオンライン調査を実施(2019年3月3日〜12月31日)。
調査では年齢や性別などの基礎情報、従軍した戦争、危険にさらされた体験、現在の病状や薬の使用状況に加え、大麻の使用状況、処方薬の減薬に対する意思、大麻の有効性などについて尋ねられました。
有効回答者数は510名(男性82%)で、52%が現役での戦争経験があると回答。従軍中にさらされた危険として多かったのは、廃棄物の焼却処分(32%)、アスベスト(25%)、場所特有の環境上の危険(19%)、ベトナム戦争で用いられた除草剤「エージェント・オレンジ」(12%)、湾岸戦争症候群(10%)、放射線(10%)でした。
主要な病状として最も多く報告されたのは慢性疼痛(38%)で、次いでPTSD(26%)、不安(9%)、うつ病(5%)など。なお、主要な病状かどうかに関係なく、74%が慢性疼痛を有していると報告しました。
最も服用されていた薬は市販薬(45%)で、次いで抗うつ薬(33%)、抗炎症薬(26%)、筋弛緩薬(19%)でした。
心身症状の改善や処方薬の減薬を報告
回答者の67%が毎日大麻を使用しており、52%が1日に複数回、15%が1日に1回大麻を使用していると回答。
回答者の多くが市販薬(30%)、抗うつ薬(25%)、抗炎症薬(17%)、オピオイド(17%)、筋弛緩薬(16%)などを減らすために大麻を使用していると報告し、特にこの割合は女性、黒人、毎日の大麻使用者で有意に多くなっていました。
医療目的で大麻を使用することで、参加者の91%がQOL、80%が精神症状、73%が身体症状の改善を報告。さらに、46%がアルコール、45%が治療薬、24%がたばこ、21%がオピオイドの使用量が減少したと報告しました。
これらの結果を受け、研究者らは「回答者の多くは、医療用大麻の治療によってQOLが向上し、精神症状が軽減し、身体症状が軽減し、アルコール、治療薬、たばこ、オピオイドの使用量が減少したと報告しました」
「アメリカ合衆国退役軍人省(VA)の臨床医、政府、一般の医療従事者、学術研究者を含む関係者は、管轄区域内でオピオイド危機に対処するための手段として、大麻を用いたハームリダクションの導入を支持するエビデンスを検討することで、恩恵を受ける可能性があります」と述べています。
ただし、この研究は自己申告による観察データに基づいたものであり、バイアス(偏り)のリスクがあることから、今回の研究結果の妥当性を検討するために今後も多くの研究が必要となります。
この他にも1月にイスラエルの研究チームは、戦争関連で発症した難治性PTSDを有する患者14名が医療用大麻の使用により、主症状や睡眠の改善を認めていたことを報告しています。
様々な研究で示されてきているように、大麻やサイケデリクス(幻覚剤)は退役軍人が抱える健康上の問題に有益となる可能性があり、アメリカでは退役軍人がこれらを活用できるようにするための動きがみられています。
6月には、大麻使用がうつ病、PTSD、不安、痛みを抱える退役軍人の健康状態に与える影響を調べるための医療用大麻試験プログラムを創設するだけでなく、PTSDや外傷性脳損傷を有する国防総省(DOD)の現役軍人を対象とし、幻覚剤(シロシビン、MDMA、イボガイン、DMT)の臨床試験の実施を義務付けることを定めた大規模な国防法案が下院の委員会で承認されています。
これに加えて今月に入り、連邦議員らは米国国防権限法(NDAA)の修正案として、アメリカ合衆国退役軍人省の医師が退役軍人に対し医療用大麻治療の推薦状を発行できるようにする法案、軍入隊の要件として大麻検査を禁止する法案、退役軍人に対しMDMA補助療法を推進する法案など、多数の修正案を提出しています。
なお、ロシアと交戦中にあるウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー(Volodymyr Zelensky)大統領は最近、戦争による痛み、ストレス、トラウマに対応するため、国内で医療用大麻を「合法化しなければならない」と発言しています。