世界の麻薬戦争への資金援助額 日本は第3位

世界の麻薬戦争への資金援助額 日本は第3位

/

国際NGO「Harm Reduction International」の最新レポートによれば、アメリカやヨーロッパを始めとした裕福な国は、国際社会において食糧・健康・教育などの問題よりも、人権侵害や公衆衛生の悪化を助長する”麻薬戦争”のために資金を援助しています。このような非人道的な資金援助を多く行っている国として、アメリカ、EUに次いで3番目に日本が挙げられています。

国連人権機関「国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)」が国際社会における薬物の非犯罪化を「緊急の課題」としている中、Harm Reduction Internationalは限られた援助資金を麻薬の取締りに費やすのを止め、違法薬物を非犯罪化するよう各国に求めています。

1961年、国連は「麻薬に関する単一条約」を採択。この国際条約は主に麻薬の乱用防止を目的とし、医療や研究用途を除き、麻薬の生産や流通を世界的に禁止しています。日本も1964年に加盟しました。

また、1971年に米国のリチャード・ニクソン元大統領は「麻薬戦争」という言葉を使い、数多くの麻薬使用者を刑務所に投獄してきました。アメリカ発の麻薬戦争は世界各国にも圧力をかけることになり、多くの国で違法薬物が厳罰化される結果に。

「Aid for the War on Drugs」と題されたレポートの序盤では、これらの世界的な麻薬戦争の成果として、「大量投獄」「刑務所の過密化」「特殊警官の麻薬取締り活動で殺される民間人」「(コカの栽培などに対する)枯葉剤の空中散布によって強制的に生計を奪われた貧困農民」「強制的な依存症治療プログラム・差別・医療アクセスの障壁による人権侵害」などが挙げられています。

特にこのような影響は、貧困で社会から疎外され人種差別を受けてきたコミュニティにおいて顕著に認められてきました。

日本は世界の麻薬取締りに7,800万ドルを援助 – 世界3位の金額

アメリカ、中国、ロシアなど裕福で力のある国々は、世界の薬物政策において影響力を行使し続けています。中でもアメリカは1971年以降麻薬戦争に1兆ドル以上を費やしており、その資金は中南米を中心とした麻薬取締りプロジェクトに注がれています。

ヨーロッパ諸国も麻薬戦争における”重要な資金提供者”であり、欧州16カ国の薬物関連の支出はGDPの最大0.5%で、そのほとんどが違法薬物の供給削減に重点が置かれています。

大麻使用罪の新設」という世界の流れに逆行した動きをみせている日本も例外ではありません。例えば、日本は2012年から2019年にかけてイランの麻薬対策プロジェクトに数百万ドルを投じ、麻薬探知犬部隊の輸送車両などの物資を提供。これらの加担により、2021年にイランは少なくとも131名の麻薬犯罪者を死刑に処しています。

Harm Reduction Internationalは、懲罰的な薬物政策を目的とした国際的な資金の流れに関する既存の研究を統合した上で、各国がOECD(経済協力開発機構)に報告した資金援助のデータ(2012年〜2021年)を分析。

その結果、この10年間で世界各国は合計9億7,400万ドルもの資金を麻薬の取締りプロジェクトに費やしていたことが明らかに。

このような資金援助を一番多く行っていた国はアメリカで、その金額は総額の半分以上を占める5億5,000万ドル。次いでEUが2億8,200万ドル、日本が7,800万ドルとなっていました。

麻薬戦争の援助に各国が費やした資金
出典:Harm Reduction International

アメリカは麻薬取締りのための援助額を近年大幅に増額。2020年では3,100万ドルでしたが、2021年では3億900万ドルに。一方、イギリスはこのような資金援助を減らしています。

これらの援助金が全体の出費において占める割合は比較的少ないですが、それでも他の重要な支援プロジェクトよりも多くなっています。

例えば、2021年において学校給食プロジェクトでは2億8,600万ドル、家庭安全プログラムでは2億4,300万ドル、就学前教育プログラムでは2億ドルが支出されたのに対し、麻薬取締りプロジェクトでは3億2,300万ドルもの資金が費やされています。

出典:Harm Reduction International

麻薬取締りのための資金援助を最も多く受けた国はコロンビア(1億900万ドル)で、次いでアフガニスタン(3,700万ドル)、ペルー(2,700万)。

重要なのは、これらの資金援助のうち少なくとも7,000万ドルが、麻薬関連犯罪において死刑を適用している16カ国に使用されていたということです。

「薬物で死刑なんてやりすぎだ」と感じる人もいるでしょうが、見方を変えれば、この行き過ぎた処罰に日本も加担していると言うことができます。

麻薬戦争の有効性に対する疑問

厳しい取締りを通して、薬物の使用と流通の抑制を目指す麻薬戦争。治安や健康を守るかのように思われるこの政策の裏側では、実は様々な問題が生じています。

当然ですが、薬物使用者は逮捕を恐れます。そのため、人目の付かない場所で薬物を使用することになりますが、このような場所では過剰摂取をした際に命を助けてくれる人は存在しません。

薬物を使用するための資源も限られるため注射器具を使い回すこともあり、HIVやB型肝炎などの感染リスクにさらされます。

また、逮捕されるリスクがある以上、仮に物質使用障害(薬物依存症)になっていたとしても医療機関に助けを求める可能性は低いでしょう。

薬物で逮捕された人は強制的に依存症治療を受け社会復帰を目指すことになりますが、同時に拭い去れないスティグマ(偏見)を背負うことになります。スティグマは周囲の人々からの差別を生み出し、就職、医療、金融、公的サービスへのアクセスを困難にします。

あたかも人権が奪われたかのような生活を強いられる。このように考えると、薬物関連の前科者で再犯が目立つのは無理もないのではないでしょうか。

大切なのは、これらの問題を超えるほどのメリットがこの禁止政策にあるのかということ。麻薬戦争には薬物の使用や流通を抑制するのに十分な効果はあるのでしょうか?

実は、懲罰的な薬物政策が薬物の使用を抑止するというエビデンスは乏しいとされています。例えば、ニューヨーク州立大学オルバニー校の研究者らは、米国において「大麻の禁止」がその使用を抑制しておらず、むしろ前述したような潜在的な危険をもたらしている可能性があることを指摘しています

とはいえ、日本では様々な薬物が違法とされている中、薬物の生涯経験率は1%前後であり、禁止政策が成功しているようにも思えます。しかし、近年では大麻による検挙者数が増加傾向にあり、一概にそうとは言えなくなりつつあります。

新たな薬物政策の考え方「ハームリダクション」

近年世界は麻薬戦争を失敗と認め、「刑罰」から「支援」へとアプローチを変更することで、薬物使用者の命と人権を守る「ハームリダクション」を推進するようになっています。

禁止政策は多大な費用を要しますが、ハームリダクションは比較的少額で大きな成果を期待することができます。

例えば、国連合同エイズ計画(UNAIDS)によれば、血液感染の予防を目的とした「注射針・注射器プログラム(Needle and Syringe Program)」の年間コストは、一人当たり23〜71ドルと推定されています。一方、HIVに対する抗レトロウイルス療法のコストは一人当たり1,000〜2,000ドルと推定されていることから、このような取り組みは費用対効果が高いと言えます。

ニューヨーク市は2021年に過剰摂取防止センターを開設。ここでは逮捕を恐れることなく、訓練されたスタッフの監視下で違法薬物を使用することができます。使用する違法薬物に異物の混入がないかを検査し、清潔な注射器具を提供することで、予期せぬ健康被害や感染を予防。物質使用障害の治療についてスタッフに相談し、医療サービスにアクセスすることも可能です。

過剰摂取防止センターはニューヨーク市内で2箇所開設されましたが、最初の3週間で少なくとも59件の過剰摂取が防止され、命が救われたことが報告されています。なお、ドラッグ・ポリシー・アライアンスによれば、このような過剰摂取防止センターは世界14カ国で約200箇所存在します。

これらの取り組みは「どんなに厳しい処罰を設けたとしても、薬物の使用はなくならない」という前提から成り立っています。

そして、薬物使用者(特に物質使用障害に至る人)はマイノリティ集団幼少期に虐待を受けた人障がいを持つ人精神疾患患者など、生きづらさを抱えている人で多い傾向にあり、誰もが好きで薬物を使用しているわけではないことを理解しています。

こういった人々に対し、懲罰を与えるのではなく、手を差し伸ばそう。それがハームリダクションの考え方です。

しかし、低中所得国(LMI)におけるハームリダクションのための資金援助は2025年までに毎年27億ドルが必要となるにも関わらず、2019年時点でまだ1億3,100万ドルしか援助がない状況となっています。

麻薬戦争への資金援助を止め、薬物を非犯罪化すべき

レポートでは、世界的な麻薬戦争は植民地時代を反映しており、黒人・褐色人種・先住民に対する支配的なメカニズムから成り立っていると述べられています。実際にアメリカやヨーロッパなどの国々では、違法薬物に対する取締りがこれらのグループにおいて不釣り合いに多いことが度々報告されています。

そのため、世界は薬物政策において”脱植民地化”すべきであり、国際的な資金援助は麻薬の取締りではなく、地域社会や保健福祉活動などを優先して行うべきとしています。

これを実現するために、Harm Reduction Internationalは国、個人、国際組織、政府に対し、それぞれ以下のような勧告を行っています。

国際資金援助国は・・

・貧困をなくし世界的な開発目標を達成するための限られた援助予算を、麻薬取締り活動に使うのを止める。

・懲罰的で禁止主義的な薬物取締り体制から手を引き、ハームリダクションを含む薬物関連活動への支出についてより透明性を高める。

・健康と人権を中心とし、エビデンスに基づいたハームリダクションの取り組みに投資する。

市民社会やジャーナリストは・・

・援助資金の使われ方について、透明性を高めるよう要求する。

・各国における「麻薬取締り」でどのように資金が使われたのか、より詳細な調査を行う(どのように正当化されたのか、どのような成果が主張されたのか、他の目標や援助規則を損なうような直接的・間接的影響があったのか、など)。

資金援助国の納税者は・・

・限られた援助予算を含め、自国政府の国際支出に誠実さと透明性を求める。

・公的予算からの支援がエビデンスに基づき、健康と人権を中心とした施策に提供されるよう要求する。

OECD(経済協力開発機構)は・・

・援助としてカウントされる支出カテゴリーから「麻薬取締り」を除外するかどうかについて、健康や人権の専門家、そして麻薬を使用する人々から助言を求め、耳を傾ける。

・これまで「麻薬取締り」に費やされた全ての援助について徹底的な検証を行い、公表する(ガイダンスに違反する支出はなかったか、資金提供されたプロジェクトの詳細を隠すために国家安全保障やその他の正当な理由が用いられていないか)。

・現在および過去の全ての援助支出の透明性を高め、データとプロジェクトの詳細へのアクセスを容易にすることで、説明責任を果たす。

各国の政府は・・

・薬物の使用と所持を非犯罪化し、薬物を使用する人々に対するハームリダクションを支援する。これが実現するまでの間も投獄ではなく、エビデンスに基づき健康と人権を中心とした手段を推進する。

・自国の麻薬取締りへの支出を批判的に評価し、懲罰的な取締りから手を引き、エビデンスに基づいたハームリダクションプログラムに投資する。

・全ての薬物関連政策における財政的な意思決定と監視に、市民社会やコミュニティを有意義に関与させる。

麻薬戦争を失敗と認め、ハームリダクションに基づいた薬物政策を推進しているのは、Harm Reduction Internationalや国連人権高等弁務官事務所だけに留まりません。

世界薬物政策委員会(GCDP)の委員長及び元ニュージーランド首相であるヘレン・クラーク氏は4月、薬物の非犯罪化に対し支持を表明。また、同委員会は今年の「国際薬物乱用・不正取引防止デー」において、薬物を非犯罪化し、ハームリダクションを推進することを求める声明を発表しています

今年に入り「米国依存医学会(ASAM)」や「米国薬剤師会(APhA)」といった権威ある医療関係団体も、薬物の非犯罪化を支持する立場を明らかにしています。

イギリス北部を占めるスコットランドは7月、薬物を犯罪として扱うことを止め、ハームリダクションに基づく政策へと転換することをイギリス本国に要求しました

なお、カナダのブリティッシュコロンビア州は今年1月31日より、特定の薬物を非犯罪化する3年間のトライアルを実施中

オーストラリア首都特別地域(ACT)では2023年10月より、コカイン、ヘロイン、MDMA、メタンフェタミンなど9種類の薬物の少量所持が非犯罪化される予定です

Marijuana Moment「Wealthy Countries Gave More Than $1 Billion To ‘Aid’ Global Drug War, New Report Shows」https://www.marijuanamoment.net/wealthy-countries-gave-more-than-1-billion-to-aid-global-drug-war-new-report-shows/

High Times Magazine「Wealthy Countries Gave Over $1 Billion to Global Drug War, Shows New Report」https://hightimes.com/news/wealthy-countries-gave-over-1-billion-to-global-drug-war-shows-new-report/

廣橋 大

麻マガジンライター。看護師国家資格保有者。2021年より大麻の情報発信に携わる。

Recent Articles

モロッコ、合法大麻製品の公式ロゴを発表

モロッコ政府は4月発行の官報において、合法大麻製品の公式ロゴを発表しました。 大麻のシンボルをモロッコ国旗と同様の赤色で縁取り、その下に「CANNABIS」と表記したこのロゴは、国外に輸出...

イギリス、ヘンプの栽培規制を緩和

4月9日、イギリス政府は経済的・環境的可能性を最大限に引き出すため、ヘンプの栽培規制を緩和することを発表。この新たな規制は2025年の栽培シーズンより施行されます。 イギリスにおいてヘン...