嗜好用大麻の犯罪化は医療用大麻を必要とする患者に様々な害を及ぼす

嗜好用大麻の犯罪化は医療用大麻を必要とする患者に様々な害を及ぼす

- イギリスの質的研究

International Journal of Drug Policy」に掲載された論文によれば、イギリスの患者は医療用大麻の使用により病状の改善、QOLの向上、処方薬の減薬といった恩恵を受ける一方、嗜好用大麻が違法であるがゆえに偏見や差別など様々な問題に直面しています。

イギリスは2018年に医療用大麻を合法化していますが、嗜好用大麻に関しては違法となっています。

イギリスの医療サービスには、国が運営するNHS(国民健康サービス)と、私立病院や民間クリニックが運営するプライベート医療サービスの2種類があります。NHSは公的医療サービスなので医療費が安価であるのに対し、後者は「自由診療」であるため費用が高額となります。

医療用大麻におけるNHSの適応は非常に限られており、医療用大麻の治療を希望する多くの患者は民間クリニックで自費治療を受けています

一方、イギリスには「Project Twenty21(T21)」と呼ばれる登録制度があります。この制度に登録した患者は、医療用大麻による治療を割引価格で受けることが可能になるとともに、治療経過からデータが収集されます。

ここから収集されたデータはドラッグ・サイエンス社によって国に提出され、必要に応じて医療用大麻をNHSで利用できるよう働きかけられます。

このような状況の中、今回イギリスの国立大学「リバプール・ジョン・ムーア大学」の研究者らは、国内で医師から医療用大麻を処方された24名の患者及び家族に対し、インタビューを実施。

参加者は自身の体験談をもとに、医療用大麻の利点や現在の大麻政策の中で直面した問題について語りました。

目次

医療用大麻の利点

参加者は医療用大麻の利点として、有効性、調節の容易さ、処方薬の減薬、少ない副作用、社会生活能力の向上を挙げました。

植物由来の薬による”全人的”効果

参加者らは急性及び難治性の痛み多発性硬化症線維筋痛症PTSDうつ病不安障害てんかんなど幅広い病状において、大麻が身体面、精神面、社会面に劇的な改善をもたらす”全人的な治療薬”であると語りました。

「大麻が息子に与えてくれるものは、私たちにとって大きな違いとなっています。生活の質を与えてくれるんですよ。彼は学んでいるし、視線を向けるし、トーキングタイル(コミュニケーションのサポートツール)を使ってコミュニケーションを取ろうとしています。先日には突然、介護者の一人の名前を口に出したんです」

「彼は歩き回り、ジャンプし、泳ぎ、やりたいことは全てやっていて、人生において根本的に進歩しています」(アニー:息子の親)

「(医療用大麻を使う前は)家から一歩も出なかったのに・・・3日もしないうちに外に出たくなって、ガールフレンドにどこか行かないかって誘いました。彼女は少し驚いたと思います」(コリン:患者)

「医療用大麻を使う前は、『自分の世話さえできず、息子は(他の人から)面倒を見てもらうことになる』と思っていました。今、私は自立して生活し、一人で息子を育てていますが、これは全て医療用大麻のおかげです」(マンディ:患者)

このように、医療用大麻の処方前後において、参加者のQOLや健康状態の変化は顕著となっています。

また、大麻は処方された症状だけでなく、他の症状にも効いたという声も聞かれました(例えば、痛みのために大麻を使用した人が睡眠と消化の問題も改善した、不安のために大麻を使用した人が食欲も改善した、など)。

治療の反応性が高く、調節が容易

医療用大麻の重要な側面の1つとして指摘されたのが、”反応性の高さ”。

その理由として、ニーズに合わせてTHCCBDの濃度を変えたり、製品や投与経路を変えたり、自分で投与量を調節できることなどが挙げられました。

例えば、痛みや不安などのコントロールにおいて、オイル(作用発現が遅く、効果が長い)やドライフラワーの吸引(即効性があるが、効果が短い)を使い分けられることは、患者にとって有益とされていました。

また、医療用大麻の反応性の高さにより、参加者は症状の緩和と眠気のバランスを適切にとり、酩酊することなく普通の生活を送ることができると語りました。

このように自身の病状をコントロールできることは、患者にとってこれまでの処方薬(特にオピオイド)とは大きく異なる点です。

処方薬の減薬

多くの患者は従来の処方薬により、疲労感、無気力、便秘、自身のコントロール喪失など、様々な症状がみられたと報告。

症状を抑えるために1錠、その処方薬による副作用を抑えるためにもう1錠というように、処方される薬がエスカレートしていき、その結果としてQOLが低下したと述べました。

このような中、ほぼ全員の参加者が医療用大麻の使用により、これまで服用していた処方薬の量が減ったと報告

特に、オピオイド鎮痛薬、抗てんかん薬、抗うつ薬、神経障害性疼痛治療薬などの必要性が減り、これらの服用による副作用がなくなったことでQOLが改善したと語りました。

「(大麻は)例えば、ジアゼパムと同じように作用しますが、はるかに安全で、(ジアゼパムで効かなかった)効果を実際に感じることができました。中毒性もありません。(医療用大麻が品切れになって)数日間入手できなくても、ひどい離脱症状はないです」

「副作用がないと言うのは不公平ですが、長続きしないとは言えると思います。(従来の)医薬品では、副作用が持続することが分かりました。実際のところ、抗うつ薬の服用を止めたのは副作用が嫌だったからです」(イアン:患者)

副作用が最小限

参加者の大多数が従来の処方薬とは異なり、大麻には副作用がないと述べました。

「非ステロイド性抗炎症薬(N-SAIDs)を処方されていましたが、継続して服用するのは嫌なんです。(大麻)植物の蒸気を吸入するほうが、長期間に渡って体への負担がずっと少ないと思います。実際に副作用はなく、本当によく効きましたよ。(以前、他の薬を服用していたときは)肝臓や他の臓器の長期的な健康状態が心配でした」(フランク:患者)

少数の参加者から報告された医療用大麻の副作用は、食欲増進や過食など、一時的なものでした。また、医療用大麻による副作用が問題になるのは治療の初期段階だけであり、用量を調整することで対策が可能であるとされました。

なお、参加者は稀に起こる好ましくない副作用の1つとして”ハイになること”を挙げ、嗜好目的で大麻を使用する人たちと距離を置きたがっていました。

仕事や学業の向上

多くの参加者は、医療用大麻を使用することで仕事をしたり、学校に通うことが可能になったと語りました。

「息子はこれまで学校に行けませんでした。(今では)フルタイムで学校に通っており、とても楽しんでいます」(ディー:親)

医療用大麻が合法化されたことで、職場で合法的に大麻製品を使用できるようになったため、労働が可能になったという参加者もいました。

「(処方箋なしで)1日仕事をしていると、家に帰るまで薬[医療用大麻]を服用することができません。様々な仕事で1日の労働時間が長くなると、苦しんで待つ時間がとても長くなり、ワークライフに大きな影響を及ぼします」

「(医療用大麻の処方箋をもらえるようになることが)本当に楽しみだったと思います。自宅だけで服用する必要がなくなったのですから」(リサ:患者)

医療用大麻患者が直面した弊害

医療用大麻に関する法整備の不十分さ、そして医療用大麻が合法でありながら嗜好用大麻が違法という”二重構造”により、患者や家族は医療従事者の知識不足、高いコスト、不安定な製品供給、偏見や差別といった問題に直面しました。

医療従事者の知識不足や偏見

医師やその他の医療従事者が医療用大麻の知識どころか、イギリスで医療用大麻が合法化されたことすら認識していないため、多くの参加者は医療従事者の医療用大麻に関する知識を向上させる必要があると感じていました。

「(難治性発作のせいで)自分の人生のコントロールを完全に失った時、NHSは全く私を助けてくれませんでした。唯一私にできたことは、自分の症状やそれに役立つものについて学ぶことでした」

「私に大麻を処方する医師は(限られた)トレーニングしか受けていないため、『(医療用大麻について)あなたは明らかに私より知っている』とさえ言いました。医師、特にNHSの医師は何も知らないと分かったので、私はできる限り自分で調べようと努めました」(マンディ:患者)

このような中、多くの参加者は教育や患者の体験談が医療従事者のスティグマを払拭し、医療用大麻へのアクセスを高めると考えていました。

「かかりつけ医は私の薬[医療用大麻]に興味を持ち、より知りたがっています。彼は私の変化を見たんです。『もしあなたに効果があるなら、他の患者にも効果があり得ることを想像してみて下さい』と言っていました」(グリニス:患者)

しかし、一部の患者は、医療用大麻の知識が不足した医師や偏見のある医師による消極的な態度に直面。

例えば、ケイ(患者)は大麻により症状が大幅に改善されたことを医師に伝えたものの、その医師は国内で医療用大麻が合法であるにも関わらず、大麻を「非合法成分である」とし、医療用大麻ではなく抗うつ薬を服用するように勧めました。

また、別の患者は以下のように報告しました。

「(かかりつけ医は、医療用大麻を使用した)私に大層失望し、『大麻より睡眠薬のほうがマシだ』と言いました」(イングリッド:患者)

一部の医師が医療用大麻に対し消極的な態度をとる背景には、医療用大麻に関する知識不足だけではなく、社会的な要因があると論文では述べられています。

実際にケイもイングリッドも、これらの医師は医療用大麻患者に「問題のある人」や「薬物を求める人」というレッテルを貼ることでまともな患者ではないと判断し、大麻の禁止政策に基づいた発言とともに医療用大麻の使用を認めなかったと語りました。

つまり、一部の医師が医療用大麻の使用を認めない背景には、嗜好用大麻に対する禁止政策があるということ。これにより、医療従事者や警察を含む専門家の間では、「医療用大麻は有効ではなく、むしろ有害であるという考え方が維持されている」と研究者らは述べています。

また、医療用大麻治療のための資金調達に対する懸念や、大麻の潜在的な有害性に対する責任なども背景にあるとされています。

高いコスト

イギリスでは製剤化された大麻医薬品の処方が増加している一方、それ以外の医療用大麻製品でNHSの適用が認められたのは5件程度であり、多くの患者は民間クリニックで自費治療を受けるしか選択肢がない状況となっています。

最も費用が高かったのはてんかんの子供に対する治療。NHSで処方が行なわれなかった場合、月々の医療用大麻の費用は平均1816.2ポンド(約34万円)であったと報告されています。

このような高額なコストは多くの患者にとって治療の障壁となっており、特に介護者や親には多大なストレスを与えています。

「医療用大麻を買えなければ、またすぐに発作が起き、(面倒を見れなくなることで)息子を失うことになるでしょう。そうなったら私の人生はおしまいです」(マンディ:患者)

ある患者(バーバラ)は医療用大麻の処方を受けるための資金が底をつきかけているものの、大麻がないと病状が増悪するため、大麻を違法に栽培するしかないと感じていました。

また、イギリスにおける生活費の高騰と新型コロナウイルスの流行は、このような状況に拍車をかけていました。

「(大麻の処方箋にかかる費用は)維持できないし、光熱費も54%値上がりしています。暖房をとるか、食事をとるか、薬を飲むかの選択です」(ハルーン:患者)

不安定な供給

イギリスは医療用大麻製品の大部分を輸入に依存していることから、患者は安定して製品にアクセスできない状況となっています。

「民間クリニックに多額のお金を費やしています。にもかかわらず、サービスはひどいものです。処方箋が行方不明になるんですよ。いつも使っている薬が品切れになり、直前になって商品の変更、つまり値段の変更の連絡をしてくるんです。病気に加えて、大きなストレスですよ。クリニックを変えることも考えましたが、大麻クリニックや薬局のほとんどで問題があると患者団体から聞きました」(ジーナ:患者)

「大麻患者であることは、本当にストレスの多いことです。供給がまったく安定していないため、効果のある製品を見つけたとしても、それが実際にまたそこにあるのかどうかは、毎月分かりません」(アメリア:患者)

差別やスティグマ

医療用大麻の使用について、家族や周囲の人の批判を恐れて使用を隠す人もいれば、大麻に関する法律や効果について説明することで正面から否定的な態度に対応する人もいました。

「私の両親はかなりの薬物反対派でした。今は絶対的に支持してくれています。この(医療用大麻)オイルがもたらしたこと[息子の生活の質を向上させたこと]を目の当たりにしたことで、両親の心はすっかり変わりました」(ディー:親/介護者)

ある患者は症状の緩和のためにベイプ製品を用いていましたが、においで使用が明らかになり犯罪に問われることを恐れているため、対策を講じていると語りました。

「新しい場所に行く時は事前に調べるようにしています。グーグルマップで(薬を吸うのに)目立たない場所がないか調べたりもします。誰かと対立するくらいなら、自分から外に出たほうがいいですから」(コリン:患者)

大麻の合法的な処方箋を所持しているにも関わらず、何人かの患者は警察から疑いをかけられたり、差別に直面していました。

子育て中のマンディ(患者)は、自宅で大麻のにおいがするとして警察から聴取を受けることに。マンディは医師の処方箋を見せましたが、警察は大麻の使用を理由に親としての適性が疑われるとして、社会福祉サービスに連絡しました。

「(警察官は)ただ驚いて、こう尋ねました。『何?処方箋でこれをもらっているんですか?子供がいるのを分かってて?』(マンディ:患者)

別の患者(イアン)は、処方箋のコピーを所持していたにも関わらず、野外フェスの入場を拒否されたと報告。警察官はイアンにその場から立ち去り、医療用大麻を持たずに戻ってくるよう忠告しました。

他の患者も警察から呼び止められた際、処方箋の合法性を説明するのに苦労したと語りました。

これらの事例は、大麻の禁止が存在する文脈において、イギリスの医療用大麻患者が「依然として大麻の犯罪化とスティグマによる害にさらされていることを示している」と論文では述べられています。

2022年に公開された論文では、患者の84.4%が医療用大麻の治療を受けることはスティグマの対象となると考えていたことが明らかにされています。その結果、患者は主に自宅において、隠れて医療用大麻を使用していました。

このような障壁は、アメリア(患者)のように大麻で痛みや不安が軽減され、外出できるほど回復した人々にとって、”理解しがたい皮肉”となっています。

他にも、患者は医療用大麻を持ち運ぶことで別のリスクにもさらされていると報告。

イギリスでは嗜好用大麻が禁止されていることから、大麻はある意味で”貴重品”となっています。このことは、医療用大麻を所持している間、患者が強奪や暴行を受ける恐れがあることを意味します。

これらのリスクから、多くの患者は医療用大麻を所持して外出することを恐れ、社会活動が制限されることになっていました。

研究者らの結論

医療用大麻は合法で、嗜好用大麻は違法。

患者は医療用大麻により多くの恩恵を受けているにも関わらず、このような”二重構造”の中で様々な害に直面しています。

研究者らは結論部分で、「私たちの調査結果は、イギリスの大麻処方と禁止という並行政策が生み出した害悪を実証している」と述べています。

以下、結論部分からいくつか抜粋。

「私たちの調査や国内外のエビデンスは、他の医薬品と比べて副作用が少ない有益な医薬品にアクセスできないこと自体が有害であることを示している」

「さらなる害は、処方箋を入手できたとしても費用が高額であることや、サプライチェーンの問題により患者が自分の症状に合った特定の製品を入手できないこと、代替製品によるさらなる出費や効能の欠如、質の低い製品、原産や安全性が不明な輸入製品などの影響を受けやすいという事実から生じている」

「イギリスの禁止主義的な文脈のために、処方箋を入手した後にも害が生じている。禁止の害は広く認められているが、イギリスではその影響により、合法的な大麻処方箋を持つ者は疑惑の目で見られる可能性があり、今すでにそう見られている」

「禁止政策によって生み出されたスティグマは、患者が薬を持って家を出る自由、移動できる場所の自由、平等に医療を受ける権利、他人からどう見られるかというアイデンティティを制限している」

「私たちの研究は現在までのところ、2018年における大麻の処方の合法化が表面的なものであり、実施が不完全であることを示している。システムの欠如、資金の流れの欠如、首尾一貫した医薬品供給の欠如、NHSと警察の全スタッフを対象としたイギリス全体のトレーニング不足は全て、この政策が一見進歩したように見えるが、実際には助けると約束した患者にサービスを提供できていないポピュリスト的対応であったことを示している。政府が禁止(政策)という大衆迎合的な言説を維持している状況では、進歩が遅いのは当然である」

研究者らはイギリスの医療用大麻政策を適切に実施するために、以下のようなことを提案。

・医療用大麻における医師の知識と態度を改善する。

・英国国立医療技術評価機構(NICE)のガイドラインを改定し、医療用大麻をより幅広い症状に適応とする。

・NHSで医療用大麻を処方するために資金を提供する。

・医薬用大麻の製造、供給、調剤の破綻したプロセスを修復する。

・医療用大麻が合法化されたことに対する一般市民の認識を高めることで、汚名を着せられたり、警察から嫌がらせを受けたりすることを恐れることなく、患者が公共の場で合法かつ安全に薬を服用できるようにする。

最後に、研究者らは以下のように述べ、大麻の禁止をなくすことが患者にとって解決策となることを示唆しました。

「(大麻の禁止を)禁忌とする重要なエビデンスによって阻まれることなく、禁止主義的な薬物政策のもとで(大麻の)処方が行われ続けている。このような中で研究に参加した患者や彼らのような他の患者の状況が改善されることに、著者らは期待していない」

廣橋 大

麻マガジンライター。看護師国家資格保有者。2021年より大麻の情報発信に携わる。

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