多発性硬化症患者、医療用大麻の使用で痛み・痙縮・睡眠が改善

多発性硬化症患者、医療用大麻の使用で痛み・痙縮・睡眠が改善

- アメリカの観察研究

医療用大麻の使用により、多発性硬化症患者において痛み、痙縮けいしゅく、睡眠などの改善が認められていたことがアメリカの研究者らにより報告されました。論文は「International Journal of MS Care」に掲載されています。

多発性硬化症とは、中枢神経(脳、脊髄、視神経)に病巣ができる病気のこと。明らかな原因は不明ですが、免疫細胞が中枢神経を誤って異物と認識し、攻撃してしまうことで病変が生じる(自己免疫疾患)と考えられており、日本では指定難病となっています。運動障害、視力障害、感覚障害、排尿障害など多様な神経症状がみられ、症状が良くなったり悪くなったりするのを繰り返し、全体として徐々に病状が悪化していきます。

現時点で、多発性硬化症には根治治療がありません。症状の再燃・増悪時には短期間で大量のステロイドを投与する治療が行われ(ステロイドパルス療法)、落ち着いている時には再発防止のため免疫抑制剤やインターフェロンなどを使用。多発性硬化症に伴って生じた後遺症(神経障害性疼痛、痙縮、排尿障害など)に対しては、症状に応じた対症療法が行われます。

医療用大麻には抗炎症作用、抗酸化作用、神経保護作用などがあることから、多発性硬化症においても有効性が期待されています。すでに医療用大麻による臨床試験は複数行われており、2018年のシステマティックレビューでは、多発性硬化症の痛み、痙縮に対し十分なエビデンスがあると結論付けられています。

また、大麻成分THCCBDをほぼ同比率で含んだ大麻由来医薬品「サティベックス」は多発性硬化症の痙縮に用いられており、ドイツの研究者らは昨年、慢性疼痛と痙縮に対するサティベックスの有効性には中程度のエビデンスがあるとの分析結果を報告しています

しかし、多発性硬化症の諸症状を緩和するのに最適な医療用大麻の用量、カンナビノイドの比率、投与経路を裏付ける研究は少なく、また医療用大麻が多発性硬化症患者の併用薬の使用状況に与える影響についても、まだあまり知られていません。

米国最大の神経内科外来診療所における観察研究

今回研究を行ったのは、ニューヨーク州にある米国最大の神経内科外来診療所「DENT Neurologic Institute」とニューヨーク州立大学バッファロー校の研究チーム。

研究の対象となったのは、DENT Neurologic Instituteにおいて、多発性硬化症で医療用大麻を処方された18歳以上の外来患者。これらの患者において、医療用大麻の使用状況、症状の主観的改善、副作用、移動能力(T25FW)、認知機能(MoCA、MMSE)、併用薬の使用状況などのデータが収集されました。データの収集は、医療用大麻処方後から4回目の外来受診まで行われました。

併用薬のデータはオピオイド、ベンゾジアゼピンなどにおいて収集。使用量を標準化するため、オピオイドはモルヒネミリグラム当量(MME)、ベンゾジアゼピンはロラゼパムミリグラム当量(LME)へと換算されました。

医療用大麻の忍容性は良好

141名の患者データ(女性70%、平均年齢51歳)を入手。医療用大麻の使用目的は慢性疼痛(80%)または痙縮(38%)となっており、31%が嗜好用大麻の使用歴を報告しました。

医療用大麻開始時から最終のフォローアップ時(4回目の外来受診)までの平均期間は340日。

48%の患者が最終フォローアップまで至らずに医療用大麻の使用を中断。中断理由として多かったのは、費用(23%)、有効性の欠如(13%)、副作用(6%)などでした(56%が理由不明のまま受診を中断)。

医療用大麻の使用により救急搬送や入院に至るケースはなく、軽度〜中程度の副作用のみが報告されました。最も多かったのは疲労(15件)で、次いで多幸感または認知機能障害(6件)、後味の悪さ(3件)となっていました。

THCとCBDが同比率あるいはTHC主体のチンキ剤が主流

治療開始時に最も使用されていたのはTHCとCBDが同比率の大麻製品(65%)で、次いでTHC主体(THC:CBD=20:1)の大麻製品(34%)となっていました。一方、最終フォローアップ時にはTHCとCBDが同比率の大麻製品(32%)よりも、THC主体の大麻製品(56%)を使用する患者が多くなっていました。

使用形態として最も多かったのはチンキ剤で、これは研究期間中で一貫していました。ほとんどの患者が突出的な症状(突出痛など)のために追加で医療用大麻を使用。このために最も多く使用されていたのは、THC主体のベイプでした。

痛み、痙縮、睡眠などの改善を報告

医療用大麻の使用により、72%が痛みの減少、48%が痙縮の減少、40%が睡眠の改善を報告。それ以外にも、歩行(11%)、不安(11%)、頭痛(9%)、気分(9%)、QOL(7%)において改善が報告されました。

移動能力(T25FW)、認知機能(MoCA、MMSE)、BMI、体重では、医療用大麻使用前後で有意な変化が認められていませんでした。

オピオイドの使用量については、治療前の1日平均MMEは51mgでしたが、最終フォローアップ時では40mgにまで有意に減少。ベンゾジアゼピンでは、1日の平均LMEが治療前の3.5mgから最終フォローアップ時で3.1mgまで減少していましたが、この差は統計的に有意とはなりませんでした。

これらの結果から、研究者らは「本研究は、医療用大麻が多発性硬化症患者の慢性疼痛、筋痙縮、睡眠障害を軽減する可能性があること、また、医療用大麻の治療中において、患者がオピオイドの使用を減らすことができる可能性があることを示しています」と述べています。

大麻由来医薬品「サティベックス」が多発性硬化症の痙縮に対し適応となっていることからも分かるように、多発性硬化症では他の疾患と比べ、医療用大麻やカンナビノイドにおける研究が多く行われています。

イギリスで行われた2012年の第3相試験(実際の治療現場を想定した、大規模な患者を対象とした臨床試験)では、THC優位の大麻抽出物を含有したカプセルを摂取した患者はプラセボ群の患者と比較して、12週間後で痙縮の緩和率が約2倍高かったことが報告されています。また、痛み、睡眠、けいれんにおいても有意な改善が認められています。

イタリアの研究者らによる最近の観察研究では、サティベックスが多発性硬化症の排尿障害(特に過活動膀胱)に有効である可能性が示されています。

カナダの研究者らは昨年、多発性硬化症患者344名を対象に大麻の使用状況を調査した結果、52%が現在の大麻使用を報告し、8割以上が痙縮、痛み、睡眠、抑うつ、ストレスに対し、5〜8割が不安、頭痛、疲労に対し大麻の有効性を実感していたことを明らかにしています

デンマークにおける調査では、多発性硬化症患者2009名のうち21%が過去1年以内に大麻を使用しており、主な使用理由として痛み(61%)、痙縮(52%)、睡眠障害(46%)を報告。また、国内で大麻が合法化された場合、非大麻使用者のうち44%が多発性硬化症の症状緩和のために大麻の使用を検討すると回答しています。

廣橋 大

精神病院に勤める現役看護師。2021年初頭より大麻使用罪造設に向けた動きが出たことをきっかけに、麻に関する情報発信をするようになる。「Smoker’s Story Project」インタビュアー。

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