スコットランドが違法薬物の非犯罪化をイギリスに要求

スコットランドが違法薬物の非犯罪化をイギリスに要求

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7月7日、イギリス北部を占めるスコットランドはイギリス本国に対し、違法薬物を犯罪として扱うことを止め、ハームリダクションに基づく薬物政策へと転換することを求めました

イギリスでは、1971年に薬物乱用防止法(Misuse of Drugs Act 1971)が制定され、他の多くの国々と同様、違法薬物に対し刑罰を課す政策が実施されています。

しかし、このようなアプローチにも関わらず、スコットランドでは過去数十年間で違法薬物による死亡者数が大幅に増加。2021年に報告された薬物誤用による死亡者数は1,330名で過去2番目に多く、特にこの数は恵まれない地域に住む人々で著しく多くなっています。

スコットランドの薬物による死亡率はイギリスの中で最も高く、ヨーロッパ内でも上位を占め、同地域の平均寿命にも影響を及ぼすほど。スコットランドにおける最新の疾病負担調査では、健康喪失の原因として、虚血性心疾患と認知症に次いで、物質使用障害(薬物依存症)が第3位となっています。

このように、禁止政策は違法薬物の使用を抑止する効果がほとんどないにも関わらず、この政策の実施には莫大な費用がかかり、その費用は世界で1,000億ドル(約14兆円)以上と推定されています。

このような状況に対し、スコットランド政府は公衆衛生に焦点を当て、ハームリダクションを基本原則とした「思いやりと人権に配慮した薬物政策」の実施を求めています。

この新たな薬物政策では、主に以下が求められています。

個人使用目的での違法薬物を非犯罪化する

違法薬物の犯罪化はスティグマと差別の一因となっており、恵まれない地域の人々に不釣り合いな影響を及ぼし、孤立させ、多大な害をもたらしている。汚名を着せるのではなく、敬意を持って支援することで、薬物に関連する害を減らし、生活改善に向けたアプローチを行う。

また非犯罪化により、司法及び法執行機関におけるコスト削減につながり、他の優先すべき事項にリソースを割くことが可能になる。

科学的エビデンスに基づき、薬物のスケジューリングを見直す。例えば、アメリカは大麻をスケジュールⅠ(乱用の危険があり、医療的価値が低い)の物質に分類しているが、現在見直しを行っている

過剰摂取防止センターのような、医療従事者の監視下で違法薬物を使用できる施設の運営を可能にする法的枠組みを設ける。過剰摂取による死亡や不衛生な器具の使用による感染を防ぎ、薬物使用者の命と安全を守る。

アクセスが容易な薬物検査サービスを導入し、違法薬物に混入された危険物質に対応する(違法薬物では別の危険物質が混入されることも珍しくなく、これにより死亡するケースがみられる)。

ナロキソン(オピオイドの過剰摂取による呼吸抑制や意識低下に対処する薬)を処方箋医薬品から一般医薬品に再分類し、アクセスを容易にする。

スコットランド政府はイギリスに対し、これらの政策をイギリス全体で実現するか、あるいはスコットランド独自で実施する権限を求めています。

これにあたり、スコットランドの薬物政策担当大臣であるエレナ・ウィサム(Elena Whitham)氏は以下のように述べています。

「これらは野心的で急進的な提案であり、エビデンスに基づいたもので、命を救う助けとなるものです」

「問題のある薬物使用が刑事上の問題ではなく健康上の問題として扱われ、スティグマや差別を減らし、本人が回復して積極的に社会に貢献できるような社会を作りたいと私たちは考えています。議論を巻き起こすことは承知していますが、これらの提案は公衆衛生のアプローチに沿ったものであり、人命を救うという私たちの国家的使命を促進するものです」

「私たちは薬物による死亡を減らすために、与えられた権限の中で懸命に働いています。やるべきことはまだありますが、私たちのアプローチは、私たちが運用しなければならないウェストミンスター憲章(イギリス本国と各自治領が対等な主権を認めたうえで、イギリス連邦を構成することを定めた憲章)とは相容れないものとなっています」

「これらの政策は1971年薬物乱用防止法を含む、ホリールード(首都エディンバラにある地域で、スコットランド議会が存在)へのさらなる特定の権限委譲を通じて、あるいは独立することで、スコットランド政府によって実施される可能性があります。これらの政策を直ちに実現するための方法は、イギリス政府が既存の権限を行使して薬物法を改正することでしょう」

「スコットランドは公衆衛生とハームリダクションを基本原則とした、思いやりのある、人権に配慮した薬物政策を必要としています。 そして私たちはこの進歩的な政策を実践するために、イギリス政府と協力する準備ができています」

しかし、イギリス首相の公式広報担当者はこれについて、「リシ・スナク(Rishi Sunak)首相は薬物に対する “厳しい姿勢 “を変えるつもりはありません」と述べており、スコットランドの提案に応じない方針を明かしています。

なお、イギリスでは最近、大麻農場を対象とした「ミル作戦(Operation Mille)」が警察により実施され、イギリス全土で1,000人以上が逮捕され、1億3,000万ポンド相当の大麻草が押収されたことが報じられています

違法薬物を犯罪として扱う「麻薬戦争」が失敗であることを認め、薬物使用に対するアプローチを「刑罰」から「支援」へと転換しようとする動きは、スコットランドだけでなく、国際的にもみられています。

「国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)」は6月26日の「国際薬物乱用・不正取引防止デー」に先駆け、新たな声明を発表。声明では、全ての人の人権を尊重・保護する政策を推進するために、「個人使用目的での薬物の使用と所持は、緊急の課題として非犯罪化されるべき」と述べられています。

世界薬物政策委員会(GCDP)も同様に違法薬物の非犯罪化を国際社会に求めており、同委員会の委員長及び元ニュージーランド首相であるヘレン・クラーク氏も、薬物の非犯罪化に対する支持を公言しています

この他にも、「アメリカ依存医学会(ASAM)」や「米国薬剤師会(APhA)」といった権威ある医療関係団体が薬物の非犯罪化を支持する立場を明らかにしています。

The Scottish Government「Drug Law Reform proposals」https://www.gov.scot/news/drug-law-reform-proposals/

The Scottish Government「A Caring, Compassionate and Human Rights Informed Drug Policy for Scotland」https://www.gov.scot/publications/caring-compassionate-human-rights-informed-drug-policy-scotland/

Marijuana Moment「Scotland Calls On UK To End ‘Failed’ Drug War With Decriminalization And Harm Reduction Approach」https://www.marijuanamoment.net/scotland-calls-on-uk-to-end-failed-drug-war-with-decriminalization-and-harm-reduction-approach/

STV News「Scottish Government calls for decriminalisation of all drugs for personal use」https://news.stv.tv/politics/decriminalise-drugs-for-personal-use-scottish-government-urges-uk

The Independent「More than 1,000 arrested and £130m of cannabis seized in largest-ever police crackdown」https://www.independent.co.uk/news/uk/crime/cannabis-farm-uk-crackdown-police-b2369738.html

廣橋 大

麻マガジンライター。看護師国家資格保有者。2021年より大麻の情報発信に携わる。

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