3月10日、大麻業界において最も悲しく、ショッキングなニュースが流れました。
そのニュースとは、「カンナビノイド研究の父」と呼ばれた偉大な科学者、ラファエル・ミシューラム(Raphael Mechoulam)氏の逝去(享年92歳)。
このことは、ミシューラム博士の同僚の1人であるデディ・メイリ(Dedi Meiri)准教授の以下のオンラインコメントにより明らかにされています。
「これは私にとって、科学の世界にとって、そして大麻の業界にとって、大変悲しい日です。ラファエル・ミシューラム教授(私たちはラフィと呼んでいました)は、私がこれまで出会ってきた最も偉大な科学者の1人で、多くの面で私の師であり、メンターでした。私は、彼がノーベル賞に値する人物だと心から思っています。ラフィ、あなたが人生で成し遂げた偉大なことの数々や発見に感謝し、そして私を助け、支えてくれたことに感謝します。親愛なる友よ、安らかに眠りたまえ」
この記事では、ミシューラム博士に尊敬と感謝の気持ちを込め、主な経歴、成果、抱いていた想いなどを振り返ります。
目次
THC、エンドカンナビノイドの発見
1930年、ミシューラム博士はユダヤ人の両親の間でブルガリアに生まれ、1949年にイスラエルへ移住。
1952年にエルサレムのヘブライ大学で生化学の修士号を取得し、その後レホボトにあるワイツマン科学研究所においてステロイドで化学博士号を取得。ニューヨークのロックフェラー大学(旧ロックフェラー研究所)で2年間研究を行った後、再度ワイツマン研究所で5年間勤務。1965年にヘブライ大学へ戻り、1972年に准教授、1975年に医薬品化学教授に任命され、そこで生涯に渡り、大麻の研究に従事。
ミシューラム博士がカンナビノイドの研究を始めたのは1960年代、ワイツマン科学研究所にいる時のことです。まだほとんど研究が行われていなかった大麻に着目し、大麻が精神活性作用を及ぼす成分は何なのかを調べる研究を試みます。驚いたことに、この研究のために博士は、警察がレバノンから押収した5kgもの大麻樹脂(ハシシ)を譲り受けています。これにより、博士は1964年にTHCの単離、構造解明、合成という偉業を成し遂げました。
2014年のCNNのインタビューで、ミシューラム博士は当時について「19世紀初頭にアヘンからモルヒネが、19世紀半ばにコカの葉からコカインが分離されました。ところが、20世紀半ばになっても、大麻の科学的性質は未だ明らかになっていなかったんですよ。だから、面白いプロジェクトだと思ったんです」と語っています。
その後、セントルイス大学のアリン・ハウレット(Allyn Howlett)博士が、1988年にTHCが結合することで活性化する受容体「CB1受容体」を発見。これにより、この受容体が何のために存在するのかを解明しようと、業界の科学者が競って研究を始めます。
この争いで勝利を収めたのが、ミシューラム博士。2年間かけて数多くの豚の脳を研究し、1992年にCB1受容体を活性化する体内物質「アラキドノイルエタノールアミド」の単離と構造解明に成功。博士はこの物質が気分や感情を変化させ、幸福感をもたらすものだと信じ、サンスクリット語で至福の意味を表す「アナンダ」と「エタノールアミド」を組み合わせ、「アナンダミド」と名付けました。
その後、1993年にイギリスの研究者ショーン・マンロー(Sean Munro)博士がCB2受容体を発見した後、1995年にミシューラム博士は犬の腸から「2-AG(2-アラキドノイルグリセロール)」を同定しました。
多くの成果を報告するも、歯がゆさが残る
2019年4月、当時88歳のミシューラム博士は国際大麻ビジネス会議(International Cannabis Business Conference)に参加し、これまでの研究成果や今後の展望、そして研究に対する想いについて基調講演を行いました。
この時のスピーチを参考に、これまでの主な研究報告を振り返ります。
てんかん
難治性てんかんで苦しんでいたアメリカの少女シャーロット・フィギーちゃんが、CBDの使用によりてんかんが改善し、その一部始終が2013年にテレビ番組「WEED」で放送されました。以降研究が進み、高濃度のCBDを含有した「エピディオレックス」が抗てんかん薬として用いられるようになり、CBDを知る人であれば多くの人が、CBDに抗てんかん作用があることを知っています。
実は、このCBDの抗てんかん作用をいち早く研究で報告したのはミシューラム博士です。この研究は1980年に発表され、側頭葉てんかん患者15名のうち8名にCBD200〜300mg/日を投与(残り7名にはプラセボを投与)した結果、4名でけいれん発作がほとんどみられなくなり、3名で部分的に改善したことを報告しています。
しかし、この報告に対し周囲は全く動きをみせず、世界がシャーロットちゃんを知るまでの間、30年以上もの空白の時が流れました。
「なぜ30年も待たなければならなかったのでしょうか。何千人もの子どもや患者が助けられたはずなのに、法的な問題やそれ以外の認識された問題により、誰も文献の情報を取り上げることはなかったのです。CBDが役立つことを親たちが知ることでアメリカ当局に社会的圧力がかかり、大規模な治験が承認されました。その結果、極めて良好な結果が得られ、私たちの知見と一致したため、現在CBDはエピディオレックスという名前で、てんかんの治療薬として承認されています」
自己免疫疾患
ミシューラム博士はてんかんと同様、30年以上前にCBDが自己免疫疾患に対し有効な可能性を発見しているにも関らず、この分野でもなかなか研究が進んでこなかったことを嘆いています。
2015年にミシューラム博士は、第2相試験(治療の有効性を探るための小規模な臨床試験)でCBDが骨髄移植における移植片対宿主病(GVDH)に対し予防効果を示したことを報告。
移植片対宿主病とは、ドナー由来の免疫細胞が、移植された白血病患者の正常な臓器を「異物」と認識して攻撃してしまうもので、重症化すれば命に関わる病気です。
PTSD(心的外傷後ストレス障害)
ミシューラム博士は2014年、PTSD患者10名に対し、現行治療に加えTHC5mgを1日に2回投与した結果、全体的な症状の重症度、睡眠の質、悪夢の頻度、過覚醒(過度なストレス反応)において、統計的に有意な改善が認められたことを報告。
「最も効果があったのは、睡眠です。PTSDの患者さんはよく眠れないんですよ。夜中にまたトラウマが蘇って目が覚めてしまうので、眠るのが怖いんです。THCを低用量で使用すると、はるかによく眠ることができ、これがトラウマ後の患者さんが大麻を摂取する理由の1つであることを発見しました」
統合失調症
1995年にミシューラム博士は、標準治療薬の副作用で苦しむ19歳の統合失調症の女性患者に、CBDを使用することで有効性が認められたことを報告しています。
2012年にドイツの研究者らは、急性期の統合失調症患者42名に対し、CBDが統合失調症治療薬の1つであるアミスルピリド(日本では未承認)と同等の効果を示したことを明らかにしています。
「統合失調症患者の多くは、副作用を気にして薬を飲みたがりません。CBDがこれらの薬の代わりになる可能性はありますが、残念ながら、CBDの必要摂取量は1日あたり約800mgと非常に多くなります。ただ、メチルエステルなどの新薬の開発で、これをもっと少なくできるかもしれません。CBDが統合失調症の薬として承認される可能性はあります。現在、どこかの国で承認されているかどうかはわかりませんが、イスラエルでは保健省のトップによる会議で議論されており、私はCBDを統合失調症の薬として使うことを主張するつもりです」
2022年7月にミシューラム博士は、マウスの研究において、CB2受容体を選択的に活性化するHU-910を使用することで抗精神病作用をもたらしたことも報告。
このような功績があったからこそ、イギリスのオックスフォード大学の研究者らは最近、精神病患者に対し、エピディオレックスを用いた大規模な臨床試験を今年中に実施することを決定したのでしょう。
酸性カンナビノイドへの注目
2020年、Journal of Cannabis Researchの編集長であるデイビッド・ゴアリック(David Gorelick)氏からのインタビューで「大麻の研究で特にエキサイティングだと思う展開は何ですか?」と聞かれたミシューラム博士は、「THCとCBDの酸性前駆体であるTHCAとCBDAにもっと焦点を当てるべきだと思います。これらの分子は安定性が低く、その結果、ほとんど研究されてきませんでした。しかし、大きな可能性を秘めた分子であり、もっと研究されるべきだと思います」と答えています。
実際に、ミシューラム博士はCBDAをメチルエステル化し安定させた「HU-580」を生み出し、これらをマウスに使用することにより制吐作用、抗不安・抗うつ作用、鎮痛作用を認めたことを報告しています。
スピーチの中で、博士はCBDAについて、以下のように語っています。
「これまでの研究で、CBDAはCBDそのものよりも強力であることが判明しています」「多くの側面でCBDAの方がはるかに活性が高いので、CBDオイルと並行し、CBDAでもその活性が証明されるでしょう。例えば、2つのうつ病動物モデルにおいて、この安定したCBDAがうつ病のような行動を抑えるということを、私たちはすでに発表しています」
「CBDメチルエステルがCBDに代わって、重要な天然CBDとして徐々に使われ始めることになっても、驚かないで下さい」
2022年5月にイスラエルで報告されたマウスの研究では、CBDAが肥満症に対し有効である可能性が示されています。
なお、ミシューラム博士が合成したカンナビノイドはHU-580だけではなく、以下のようなものがあります。
がん
スピーチ中ではほとんど触れられていませんでしたが、ミシューラム博士はがんに対するカンナビノイドの有効性も検証しています。
例えば、2008年には、悪性脳腫瘍の1つである膠芽腫の細胞株に対し、THCが抗がん作用を示したことを報告しています。
また、抗がん剤の副作用の緩和にも注目しており、なんと1995年の時点で、3〜13歳の血液がん患者8名に対し、THCが抗がん剤の副作用である嘔吐を抑制するのに有効なのかを検証するための臨床試験を実施しています。抗がん剤治療の2時間前にTHCオイルを使用した結果、嘔吐が完全に抑制され、副作用もごくわずかにしか認められなかったとのこと。
前述したゴアリック氏のインタビューにおいて、今後の課題について尋ねられたミシューラム博士は、以下のように回答しています。
「臨床試験が不足していることです。規制によって、大麻の研究はまだ制限されているんですよ。どんどんエビデンスは蓄積されていますが、確かにまだ十分ではありません。世界中の多くのがん患者が長年に渡って大麻を使用してきていますが、がん患者を対象としたランダム化比較試験はまだほとんど行われていません」
「資金調達も大きな問題です。臨床試験は通常、製薬会社が資金を提供しますが、これらの会社は大麻への投資に興味がないようです。特許を取得できず、おそらく見返りがないからでしょう。願わくば、政府がこのようなデータに関心を持つべきですが、一般的に政府はこのような研究を行うのに必要な能力を持ち合わせていません」
ミシューラム博士は2022年7月に、エンドカンナビノイドの合成誘導体(HU-585)が神経芽腫細胞株に対し抗がん作用を示したことを報告しています。
臨床試験の少なさを問題視する一方、ミシューラム博士はエンドカンナビノイドを用いた臨床試験が実施されていない現状も嘆いています。
「私たちはアナンダミド、そして少し遅れて2-AGを発見しましたが、アナンダミドが人に投与されたことはありません。これもほぼ法的な問題のためです。アナンダミドは毒性を有しておらず、体内で作られるものです」
「インスリンは100年前にカナダで発見され、半年から1年以内に薬となり、今日でも役立つ薬として人々に使用されています。では、なぜ多くの医学的特性を持つアナンダミドが使われないのでしょうか?法的な理由、特許の問題などが原因ですが、それはおかしな話です。例えば、統合失調症の場合、CBDを投与すると、アナンダミドの濃度が上昇することが分かっています。アナンダミドの濃度が上昇するということは、CBDではなく、間接的にアナンダミドが有効性をもたらしているのかもしれません。他にもアナンダミドが関与している病気はたくさんありますから、人間に投与されたことがないなんて信じられません」
功績
生前、ミシューラム博士は25以上もの学術賞にノミネートされています。
主なものは以下の通り。
・2000年 イスラエル賞(精密科学、化学分野)
・2004年 ハインリッヒ・ヴィーラント賞(Heinrich Wieland Prize)
・2011年 NIDAディスカバリー賞
・2012年 EMET賞、ロスチャイルド賞(成分科学・物理科学部門)(Rothschild Prize)
・2014年 米国科学アカデミー賞(成分科学部門)(National Academy of Sciences Award)
・2019年 ハーヴェイ賞(Harvey Prize)
・2020年 米国化学会大麻化学部門生涯功労賞(American Chemical Society’s Cannabis Chemistry Subdivision’s Lifetime Achievement Award )
ミシューラム博士のドキュメンタリー動画
2015年にミシューラム博士のドキュメンタリー動画が公開されています。
この動画は、一般社団法人「Green Zone Japan」の代表理事を務める三木直子氏により、日本語に翻訳されています。
こちら(Project CBD)の記事から視聴可能ですので、是非この機会にご覧ください。
偉大なる博士に、感謝と敬意を込めて
ミシューラム博士の経歴や成果について振り返ってきました。かなりボリュームのある内容だったかもしれませんが、これでもまだ一部です(医学論文データベース「Pubmed」で「Raphael Mechoulam」と検索すると、本記事執筆時点で178件の論文がヒットします)。
1960年代から亡くなる間際(2023年2月14日に公開された研究もあります)までカンナビノイドの研究に没頭し、世界中で苦しむ多くの患者に貢献しようとしてきたことが分かったと思います。
もちろん、これらの成果はミシューラム博士1人で成し遂げたものではありませんが、多くの研究者たちと協力し、これだけ多くのエビデンスを残せたのは、博士の人間力あってのことだろうと想像できるでしょう。
私たちは、「CBDが〜」「CBGが〜」というような話を当たり前のようにしていますが、このような会話も、ミシューラム博士の貢献がなければできなかったかもしれません。
エンドカンナビノイドの同定は、大麻の医療効果を立証するための根底を成し、この事実が判明したからこそ、私たちのような大麻支持者は力強く言葉を発することができます。
博士がいなければ、当メディアも存在しなかったかもしれません。
博士が残していった数多くの偉業、そして熱い想いを、私たちは引き継いでいく必要があります。
言葉で表せないくらい、心の底から感謝しています。
ミシューラム博士、ありがとうございました。
どうか、安らかにお眠り下さい。
International Cannabis Business Conference「The World Has Lost A Giant Of Cannabis Science – Tribute To Raphael Mechoulam」https://internationalcbc.com/the-world-has-lost-a-giant-of-cannabis-science-tribute-to-raphael-mechoulam/
The International Cannabinoid Research Society「IN MEMORIAM RAPHAEL MECHOULAM 1930-2023」https://www.icrs.co/INMEMORIAM/Raphael.Mechoulam.Obituary.html
High Times Magazine「‘Father of Cannabis Science’ Raphael Mechoulam Dead at 92」https://hightimes.com/news/father-of-cannabis-science-raphael-mechoulam-dead-at-92/
The Jerusalem Post「Prof. Raphael Mechoulam, father of Israeli cannabis research, dies at 92」https://www.jpost.com/israel-news/article-734028
Pubmed Central「The 90th Birthday of Professor Raphael Mechoulam, a Top Cannabinoid Scientist and Pioneer」https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7593926/
Medical Cannabis Network「Dr Raphael Mechoulam and his revolutionary cannabis research」https://www.healtheuropa.com/dr-raphael-mechoulam-revolutionary-cannabis-research/93049/
BioMed Central「The father of cannabis research: Q&A with Raphael Mechoulam」https://blogs.biomedcentral.com/on-health/2020/01/30/jcr-interview-with-raphael-mechoulam/
MJBizDaily「Raphael Mechoulam, ‘father of cannabis research,’ dies at 92」https://mjbizdaily.com/raphael-mechoulam-father-of-cannabis-research-dies-at-92/