過剰摂取防止センターは治安に悪影響を及ぼさず薬物使用者の命を救う

過剰摂取防止センターは治安に悪影響を及ぼさず薬物使用者の命を救う

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最新の報告によれば、米国初の過剰摂取防止センター(OPC)は治安に悪影響を及ぼさず、違法薬物による健康被害から人々の命を救い、必要な治療や社会サービスへのアクセスを向上させています。

ニューヨーク州ニューヨーク市は2021年11月、全米初となる過剰摂取防止センターを2箇所開設。過剰摂取防止センターとは、訓練されたスタッフの監視下で違法薬物を安全に使用できる施設のことです。

アメリカでは違法薬物の過剰摂取による死亡が社会問題となっており、2022年だけでその死亡数は10万7,000人以上。このような悲惨な事故は、特に違法に製造されたフェンタニル、キシラジン、その他の合成物質により起こっています。

「なぜ、このようなことが起きるのか?」このような問いについて、近年世界は「刑罰による薬物政策が過ちであるから」という答えにたどり着いています

誰しも逮捕はされたくないもの。そうなれば、薬物使用者は人目の付かない場所で薬物を使用することになります。しかし、そこでは過剰摂取をした際に命を助けてくれる人はいません。

他にも、薬物を使用するための資源が限られているため、注射器具を使い回す機会が増え、HIVやB型・C型肝炎などに感染するリスクにもさらされています。

そして、依存症に苦しんでいたとしても、逮捕されるリスクがある以上、医療機関に助けを求める可能性が低いことは想像に難くありません。

「薬物を使用しなければいいだけでは?」と考える人も多いかもしれません。しかし、薬物使用の背景には個々の気質、生育歴、逆境体験、家族・人間関係、病気、障害などがあり、これらは通常では想像し得ないような苦しみであったりします。

いずれにせよ、どんなに取締りを厳しくしても、違法薬物の使用がなくならないのは歴史が証明しています。そこで、薬物使用者に対する新たなアプローチとして採用され始めているのが「ハームリダクション」です。

ハームリダクションとは、違法薬物の使用をなくすことではなく、薬物使用による害を少なくすることに重点を置いた考え方です。

過剰摂取防止センターはまさにこの考え方を反映したもの。ここでは、使用する違法薬物に異物の混入がないかを検査し、清潔な注射器具を提供することで、予期せぬ健康被害や感染を予防することができます。万が一過剰摂取が起きたとしても、すぐに医療処置を行うことも可能です。

さらに、利用者はスタッフに様々なことを相談することができ、これにより必要な治療や社会資源にアクセスすることが期待されます。

現在アメリカでは、ロードアイランド州とミネソタ州が過剰摂取防止センターの設立を法的に支持しています

命を救う施設

ニューヨーク市で過剰摂取防止センターを運営する非営利団体「OnPoint NYC」は2023年末、施設の運営開始から1年目の詳細な調査結果をまとめたレポートを発表

これによれば、同施設は1年間で2,841名によって48,533回利用されました。このような中、過剰摂取による死亡やその他の被害を防ぐために636回の介入がなされ、救急要請が必要になったケースは23回であったと報告されています。

オピオイドの過剰摂取のうち83%は、酸素療法や綿密なモニタリングによりナロキソン(オピオイドの過剰摂取による呼吸抑制や意識低下に対処する薬)を必要とせずに解決。これらの対処法はナロキソンよりも身体に負担がかからないことが証明されています。

さらに、参加者の5人に1人が住居、デトックス、治療、プライマリ・ケア、就労支援を紹介され、「デトックスや物質使用障害の入院治療を希望する参加者の100%が、外部の医療機関につながった」と報告されています。

また、施設の運営開始以前には、施設の向かいにある公園から月平均13,000本もの注射器が回収されていましたが、運営開始の翌月にはその本数は「1,000本にまで減少した」とされています。

これらの結果から、Drug Policy Allianceのトニ・スミス(Toni Smith)氏は「OnPoint NYCのベースライン・レポートから得られた知見は、過剰摂取による死亡を予防し、健康状態を改善し、他のサービスや支援とのつながりを促進する上で、安全で素早い対応ができる場所が有効であることを示している」

「薬物を使用する人々を罰し、逮捕しようとする努力の中で、これらの調査結果は参加者、地域住民、政府関係者の証言と合わせ、過剰摂取防止センターがわが国の過剰摂取による危機と闘う救命手段として支援可能であり、そうされるべきであるという証拠となり得る」と述べています

権威ある医学会が推奨

世界で最も権威ある医学会の1つである米国医師会(AMA)は2023年末、「2023年過剰摂取まん延報告書」を発表。このレポートでは、滅菌した針・注射器を提供するプログラム、違法薬物の成分検査、ナロキソンのアクセス向上など、”エビデンスに基づいた薬物政策”について詳述されています。

過剰摂取防止センターについても記載があり、同施設は危険な薬物使用行動、過剰摂取、注射器の共有、感染症、死亡を減らすと同時に、治安や医療へのアクセスを改善すると説明されています。

実際に、カナダ、ヨーロッパ、ニューヨークの過剰摂取防止センターでは、何千件もの過剰摂取に対し介入が行われましたが、施設内での死亡事故は0件。

それだけでなく、施設利用者の52.5%が「ナロキソンの配布、カウンセリング、C型肝炎検査、医療サービス、全人的サービスなどの支援を受けた」とされています。

さらに、施設利用者の75.9%が違法薬物の使用にあたり、「公共または半公共の場ではなく、過剰摂取防止センターを利用した」と報告しています。

これらのことから、米国医師会は薬物使用者を守るために、過剰摂取防止センターの試験的利用を推奨しています。

治安に悪影響を及ぼさない

過剰摂取防止センターは、いわば「違法薬物を合法的に消費できる施設」とも捉えられます。このように聞くと、多くの人は「犯罪が助長され、治安が悪くなるのではないか」という懸念を持つかもしれません。しかし、この懸念は杞憂である可能性があります。

米国医師会は2023年末、ニューヨーク市の過剰摂取防止センターが近郊における犯罪や治安に与えた影響を評価した論文を公開。これによれば、施設の運営開始以降「報告された犯罪や治安に関する苦情、関連する311番(苦情専用電話)あるいは911番通報(緊急通報)の有意な増加がみられなかった」と報告されています。

より具体的には、施設近郊における犯罪に関連した911番通報は運営開始後に月平均で30.1%減少し、医療要請も50.1%減少。

また、施設近郊における薬物や武器所持による検挙数はそれぞれ82.7%、56.5%減少し、いずれも統計的に優位となりました。ただし、これに関しては、過剰摂取防止センターの利用を妨げないための配慮かもしれないと考察されています。

これらの研究結果はまだ初期段階のものであり、今後もより多くの研究が必要なのは言うまでもありません。とはいえ、研究者らはこの結果について、「ニューヨーク市が治安を損なうことなく過剰摂取防止センターの運営に成功していることを示している」と述べています。

利用者の声「人間扱いしてもらえた」

OnPoint NYCは前述した報告書とともに、利用者との会話を収めた動画を公開。薬物使用者たちは映像の中で、過剰摂取防止センターで”偏見や批判にさらされることなく、人間扱いしてもらえた”と話しています。

例えば、利用者の1人であるショーンは以下のように思いを表出

「私はワシントンハイツ(過剰摂取防止センターがあるニューヨーク市の地区)出身。4年間公園で寝てたんだ。誰も自分のことなど見てくれない。ただのホームレスさ」

「(施設のスタッフに)ここに来るように説得されて・・・最高の治療を受けたよ。人間扱いしてもらえた。この場所は本当に自分のことを見てくれる・・自分を最も助けようとしてくれる。いい気分だよ・・社会の一員になれたのだから」

別の元利用者であるブライアンも、以下のように語りました

「時々苦労したけど、この過程の間、(施設のスタッフは)ヘロインとクラック・コカインに溺れた私を批判することなく、機会と必要なリソースを与えてくれた」

「過剰摂取防止センター以外にリソースはほとんどなかったけど、過剰摂取防止センターは断薬に移行する機会を与えてくれたし、私がいる場所で会ってくれた。とても感謝しているよ」

今回の記事の内容は違法薬物の生涯経験率が0.2〜1.4%の日本において、馴染みのない話だったかもしれません。しかし、日本では近年、合法である市販薬の乱用が社会問題となっています。

違法薬物の使用も市販薬の乱用も、その背景には「社会からの疎外感」や「生きづらさ」が存在する傾向にあります。確かに、法律を犯している以上「薬物使用者=悪」という側面はありますが、考え方を変えてみれば、薬物の使用は生きづらさに対処するための行動であったり、SOSサインであるとも捉えられます。

つまり、誰もが好きで薬物を使用しているわけではないということです。だからこそ、どんなに厳格な罰則を採用しようとも、薬物の使用がゼロになることはないように思えます。

刑罰を中心とした薬物政策では、薬物使用者はどんなに苦しい状況であろうとも簡単には姿を現さないでしょう。しかし、過剰摂取防止センターのような「薬物使用者に寄り添うような温かい場所」は、薬物関連の健康被害を最小化するだけでなく、生きづらさを抱える人々が自ら姿を現し、助けを求める機会を与えてくれるのではないでしょうか。

薬物政策は誰のために、何のために存在するのか。薬物にだけ焦点を当てれば全ての問題が解決するのか。薬物使用者が本当に求めていることは何なのか。

このようなことを考えるきっかけになれば、幸いです。

Marijuana Moment「NYC Drug Overdose Prevention Centers Are Not Driving Crime, American Medical Association Study Finds, Contrary To Opponents’ Claims」https://www.marijuanamoment.net/nyc-drug-overdose-prevention-centers-are-not-driving-crime-american-medical-association-study-finds-contrary-to-opponents-claims/

JAMA Network「Overdose Prevention Centers, Crime, and Disorder in New York City」https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/fullarticle/2811766

Marijuana Moment「American Medical Association Says Safe Drug Consumption Sites ‘Save Lives’ By Reducing Risky Behaviors And Overdose Deaths」https://www.marijuanamoment.net/american-medical-association-says-safe-drug-consumption-sites-save-lives-by-reducing-risky-behaviors-and-overdose-deaths/

American Medical Association「New AMA report details grim realities of worsening overdose epidemic」https://www.ama-assn.org/press-center/press-releases/new-ama-report-details-grim-realities-worsening-overdose-epidemic

AMA End theEpidemic「Overdose Epidemic Report 2023」https://end-overdose-epidemic.org/wp-content/uploads/2023/11/23-894446-Advocacy-2023-overdose-report_FINAL.pdf

HighTimes「NYC Overdose Prevention Center Saves Hundreds of Lives in First Year」https://hightimes.com/news/nyc-overdose-prevention-center-saves-hundreds-of-lives-in-first-year/

Drug Policy Alliance「BASELINE REPORT SHOWS NATION’S FIRST OVERDOSE PREVENTION CENTERS ARE SAFE, EFFECTIVE, AND RESPONSIVE TO COMMUNITY NEEDS」https://drugpolicy.org/news/baseline-report-shows-nations-first-overdose-prevention-centers-are-safe-effective-and-responsive-to-community-needs/

廣橋 大

麻マガジンライター。看護師国家資格保有者。2021年より大麻の情報発信に携わる。

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