国連新報告書、刑罰による薬物政策は「有害」であり「人権侵害」

国連新報告書、刑罰による薬物政策は「有害」であり「人権侵害」

- 健康と人権に焦点を当てた薬物政策の必要性

9月20日、国連の人権機関「国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)」は新たな報告書を発表。この報告書には、違法薬物使用者に対する懲罰的なアプローチは薬物関連問題の解決策とはならず、逆に公衆衛生の悪化や人権侵害などさらなる害をもたらすと述べられています。

世界の薬物政策は「麻薬に関する単一条約(1961年)」「向精神薬に関する条約(1971年)」「麻薬及び向精神薬の不正取引の防止に関する国際連合条約(1988年)」の3つの条約によって規定されています。

これらの条約の目的は「人類の健康と福祉を守ること」。しかし、現在多くの国で行なわれている刑罰を中心とした薬物政策は、この目標から遠ざかる結果をもたらしていると国連人権高等弁務官事務所は指摘しています。

報告書では、このような懲罰的な薬物政策を止め、人権と公衆衛生に根ざした薬物政策への転換が求められています。特に「効果的に設計された薬物の非犯罪化」は、薬物使用者の権利を確実に保護できる強力な手段になり得ると述べられています。

公衆衛生上の悪化をもたらす

世界薬物報告書(2023年版)によれば、2021年における違法薬物の使用者は2億9,600万人以上で、過去10年間で23%増加。さらに、物質使用障害(薬物依存症)に苦しむ人の数は3,950万人に急増し、過去10年間で45%増加しています。

これらのデータは、懲罰的な薬物政策が違法薬物の使用を抑制する上であまり有効でないことを示しているとも言えます。

物質使用障害は病気の一種であるため、医学的な治療が必要となります。しかし、2021年にこの治療にアクセスできた物質使用障害患者は5人に1人程度。

このような中、薬物使用者は2021年の新規HIV感染者の10%を占め、他の成人人口と比べてHIVの感染リスクが35倍高いことが明らかにされています。

そして、毎年60万人近くがウイルス性肝炎、HIV、薬物の過剰摂取、傷害といった薬物関連の要因で命を落としています。

なぜこのようなことが起きるのでしょうか?それは、どんなに厳しい刑罰を受けるリスクがあったとしても、薬物使用者は人目の付かない場所で薬物を使用するからです。

そのような場所では、過剰摂取をした際に命を助けてくれる人はいません。薬物を使用するための資源も限られるため注射器具を使い回すことになり、感染リスクにさらされます。逮捕されるリスクがある以上、物質使用障害に苦しむ人が医療機関に助けを求める可能性は低いでしょう。

また、懲罰的な薬物政策では、薬物関連で逮捕された人は”強制的”に薬物治療プログラムに参加することになります。これに関して、国連人権高等弁務官事務所の報告書では以下のように述べられています。

「(物質使用障害において)非自発的で義務的あるいは強制的な治療が存在し続けています。これらは人間の尊厳と権利に深刻な問題をもたらし、国際的な規範や基準に反していることが報告されました。

また、中長期的な治療プログラムへの支援、雇用、アフォーダブル・ハウジング、育児サービスなどの社会復帰サービスへの支援が減少していることも報告されました。これらはかつて収監されていた個人を含め、持続的かつ長期的な回復と社会復帰を確保するための重要な要素となります。

また、懲罰的な麻薬取締法、政策、法執行慣行といった構造的な障壁が、薬物治療プログラムに参加する上で主な障害となっており、スティグマと社会的排除をもたらしていることも強調されました」

これらをまとめると、懲罰的な薬物政策は違法薬物の使用を抑制しないだけでなく、物質使用障害患者の社会復帰や治療機会を阻み、これらの人々の命や健康を危険にさらしているということになります。

人権侵害に拍車をかける

国連薬物犯罪事務所(UNODC)によれば、世界全体において薬物関連犯罪で逮捕された人はおよそ310万人。このうち、推定61%が薬物の単純所持者とされています。

刑務所に服役している薬物関連犯罪者は250万人で、世界の刑務所人口の約20%を占めます。このうち麻薬の密売による実刑判決を受けた人は78%とされていますが、実際は麻薬の単純所持のみで投獄されているケースが多いと報告されています。

また、国連人権機関は”非暴力的”な薬物関連犯罪に対する死刑制度の廃止を求めてきましたが、未だ35カ国が死刑制度を維持。報告によれば、2022年の薬物関連による死刑執行数は前年の2倍以上で、死刑執行者全体の37%を占めていたことが明らかにされています。

何よりも問題なのは、これらの懲罰が一部の集団に対して不釣り合いに多いことです。報告書では具体的な集団として、貧困層、外国人、若者、マイノリティ、女性、アフリカ系の人々、先住民族などが挙げられています。

これについて国連人権高等弁務官のフォルカー・テュルク(Volker Türk)氏はプレスリリースで「今日の薬物政策は最も貧しく、最も弱い立場にある人々に最も大きな影響を及ぼしています」とコメント。

つまり、懲罰的な薬物政策には”平等”という言葉は存在しません。これは日本においても同様です。例えば、在日米国大使館は以前、日本の警察が外国人であることを理由に職務質問を行うという「人種差別的な事案」が発生しているとした異例の警告を発しています

また、外国人2094名を対象にした東京弁護士会の調査では、過去5年間に職務質問を受けたことがあると回答した人は62.9%で、特にこれらは中南米(83.5%)、アフリカ(82.9%)、中東(75.6%)の人で多く、日本人と外見的特徴が似ている東アジアの国の人では少なかったことが明らかにされています。

テュルク氏は以下のように述べ、現在の懲罰的な薬物政策が誤りであることを強調しています。

「数十年にわたる犯罪化といわゆる”麻薬戦争”が、人々の福祉を守るものでも麻薬関連犯罪を抑止するものでもないという証拠が積み重なっているにも関わらず、現在の薬物対策における強制と取締りの過度な強調は、人権侵害の増加に拍車をかけています」

公衆衛生と人権に焦点を当てた薬物政策への転換が必要

以上のような課題に対処するために、報告書では「懲罰的なモデルからの転換が不可欠」と述べられています。特に、効果的に設計された薬物の非犯罪化政策は、薬物使用者の人権を確実に守る「強固な手段になり得る」としています。

具体例として挙げられたのは、2001年に少量の薬物所持を非犯罪化したポルトガル。同国ではこれらの政策により「薬物使用レベルの減少、未成年による薬物使用の減少、薬物の静脈投与によるHIV感染と過剰摂取の大幅な減少につながった」と述べられています。

テュルク氏もプレスリリースで、以下のように述べています。

「薬物使用に対処するために展開される法律、政策、慣行は、人間の苦しみを悪化させる結果に終わってはいけません。薬物問題は依然として深刻ですが、薬物を使用する人々を犯罪者として扱うことは解決策になりません」

「各国は禁止、抑圧、刑罰という現在の支配的な姿勢から脱却し、代わりに人権に根ざしたハームリダクションを目的とした法律、政策、慣行を採用すべきです」

国連人権高等弁務官事務所は今年の「国際薬物乱用・不正取引防止デー」に先駆け、違法薬物の非犯罪化を「緊急の課題」とした声明を発表しました。この声明は国際社会に対し、薬物使用者に対するアプローチを「刑罰」から「支援」へと変えることで、全ての人の人権を尊重・保護する政策を推進することを強く求めています。

前述のように今回の新報告書では、刑罰による薬物政策が薬物の使用を抑制しないことが改めて強調されています。これについてはニューヨーク州立大学オルバニー校の研究者らも昨年、米国において「大麻の禁止」がその使用を抑制しておらず、むしろ潜在的な危険をもたらしている可能性があることを指摘しています

このような中、日本は「大麻の乱用防止」を目的とし「大麻使用罪」を新設しようとしています。このような抑止力のない懲罰的なアプローチを加速させる日本の動きは、国連の声明に反した「人権侵害を助長するもの」となる危険性があります。

なお、国際NGO「Harm Reduction International」の最新レポートによれば、世界の麻薬戦争に資金援助を多く行う国として、日本は第3位にランクインしています

UN Human Rights Office「End overreliance on punitive measures to address drugs problem – UN report」https://www.ohchr.org/en/press-releases/2023/09/end-overreliance-punitive-measures-address-drugs-problem-un-report

Marijuana Moment「UN Agency Says Drug War Has ‘Major Human Rights Impacts,’ Urging Countries To Instead Adopt A Public-Health Approach」https://www.marijuanamoment.net/un-agency-says-drug-war-has-major-human-rights-impacts-urging-countries-to-instead-adopt-a-public-health-approach/

High Times Magazine「UN Report Calls for Drug Policies That Protect Human Rights, Reduce Harm」https://hightimes.com/news/un-report-calls-for-drug-policies-that-protect-human-rights-reduce-harm/

廣橋 大

麻マガジンライター。看護師国家資格保有者。2021年より大麻の情報発信に携わる。

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