PTSD患者、医療用大麻の使用で主症状・睡眠・悪夢・気分が改善

PTSD患者、医療用大麻の使用で主症状・睡眠・悪夢・気分が改善

- アメリカの観察研究

PTSD(心的外傷後ストレス障害)患者が医療用大麻の使用により主症状、睡眠の質、悪夢、気分において改善を認めていたことがアメリカの研究チームにより報告されました。論文は「Medical Cannabis and Cannabinoids」に掲載されています。

PTSDとは、自然災害、虐待、傷害事件、性犯罪、戦争などの「トラウマ体験」が原因となって発症する心の病気のこと。日本におけるPTSDの有病率は1.3%とされています。

PTSDでは、きっかけとなる出来事が起きてから1ヶ月以上経過しても以下のような特徴的な症状が認められます。

侵入症状

当時の苦痛な記憶が何度も呼び覚まされる(フラッシュバック・再体験)、トラウマ体験に関連した苦痛な夢を繰り返し見る(悪夢)、トラウマ体験に関連した外的要因で強い苦痛やパニックを起こす、など

回避症状

トラウマ体験に関連した場所、人、物、状況、思考、記憶などを避けようとする

ポジティブな感情の麻痺

明るくポジティブな感情(幸福、満足、愛情など)を体験することができない

覚醒症状

常に神経が張り詰めた状態のこと。不安、イライラ、攻撃性、緊張、不眠、集中困難、過度の警戒心などが認められる。

また、PTSDではこれらの症状に加え、うつ病、パニック障害、アルコール依存症などを合併することが多いとされています。

トラウマ体験をしたからといって、全員がPTSDを発症するわけではありません。PTSDの発症メカニズムはまだ明らかとなっていませんが、情動やストレスに関連する「扁桃体」・理性を司る「前頭葉」・記憶の司令塔である「海馬」の異常や、ストレス反応を調節する「HPA軸(視床下部-下垂体-副腎系)」の機能異常などが指摘されています。

PTSDの治療は心理療法がメインとなります。特に、あえてトラウマ体験に繰り返し触れながら不快な感情を支持的なものへと変えていく「持続エクスポージャー療法」が最も有効とされています。ただし、この治療には苦痛を伴うため、治療から離脱する人も珍しくありません。

薬物療法としてはセルトラリンやパロキセチンなどのSSRI(抗うつ薬)が推奨されています。不安障害やパニック障害などで用いられるベンゾジアゼピンは、PTSD症状に対しては効き目がないと言われています。

成人PTSD患者の約半数は発症後3ヵ月以内に回復するとされていますが、一部の患者ではこれらの治療でも寛解が認められていません。そのため、現在もPTSDに対する新たな治療法が求められています。

医療用大麻が処方されたPTSD患者を対象とした研究

フロリダ大学の研究チームは、州内で医療用大麻治療を受けようとしていたPTSD患者を対象とした追跡調査を実施(前向き研究)。フロリダ州では2017年以降、PTSDが医療用大麻の適応症として認められています。

研究に参加したのは、州内の2箇所の医療用大麻クリニックでPTSDのために医療用大麻を処方された15名(女性60%、平均年齢44歳、白人80%)。参加者は18歳以上であり、医療用及び嗜好用大麻を現在使用していないことが条件とされました。

参加者は医療用大麻の治療前、治療開始から30日後、70日後において、PTSDの重症度(PCL-5)、睡眠の質(PSQI)、感情(PANAS)、全体的な健康状態(PROMIS)について自己評価するよう求められました。

PCL-5(PTSD Checklist for DSM-5)

過去30日間におけるPTSD症状(20個)を自己評価。PTSDのスクリーニングや重症度評価などに用いられる。スコアが高いほどPTSDの重症度が高いことを示し、33以上でPTSDの可能性ありと判断される。

PSQI(ピッツバーグ睡眠質問票)

睡眠の質や睡眠障害の程度を評価する尺度。20項目の質問を通して、過去1カ月における睡眠の質、入眠時間、睡眠時間、睡眠効率、睡眠困難、睡眠薬の使用、日中の機能障害について自己評価する。スコアが高いほど重症度が高いことを意味し、6点以上で睡眠障害が疑われる。

PANAS(Positive and Negative Affect Schedule)

肯定的感情と否定的感情の自己評価尺度。スコアはそれぞれ算出され、スコアが高いほど肯定的感情及び否定的感情が高いことを示す。標準スコアは前者で33.3、後者で17.4。

PROMISグローバルヘルス

全般的な健康状態を評価する尺度。全般的健康、QOL、身体的健康、精神的健康、社会的健康などの項目を自己評価する。スコアが高いほど状態が良好であることを示す。

PTSDの重症度・睡眠・悪夢・気分が改善

参加者の大半がCBDよりもTHCを多く含む大麻製品を使用(30日後:88.9%、70日後:74.1%)。最も好まれた投与経路は吸入でした(30日後:85.7%、70日後:73.3%)。

治療前のPTSD重症度スコア(PCL-5)の平均は49.6。しかし、医療用大麻治療から30日後には30.33、70日後には29.0となり、PTSDが疑われるカットオフ値(33)よりも低いスコアにまで改善。

PCL-5では悪夢についての評価項目がありますが、この項目でも有意な改善が認められていました(治療前:2.0、30日後:1.57、70日後:0.87)。

睡眠(PSQI)においても、睡眠時間(治療前:5.03時間、30日後:6.64時間、70日後:6.83時間)、睡眠の質(治療前:2.27、30日後:1.21、70日後:1.07)、睡眠効率(治療前:47.2%、30日後:52.26%、70日後:49.79%)の改善が報告され、総スコアの有意な改善が示されました(治療前:13.79、30日後:10.62、70日後:9.13)。

肯定的感情に関しては有意な改善が認められなかったものの(治療前:28.86、30日後:29.64、70日後:32.53)、否定的感情(治療前:31.64、30日後:24.14、70日後:22.93)やPROMISの「精神的健康」の項目(治療前:8.73、30日後:10.36、70日後:12.13)では有意な改善が観察されました。

全体として、最も有意な改善は医療用大麻治療から30日後において認められ、これらの改善はほとんどが70日後まで維持されていました。なお、悪夢に関しては70日後で初めて有意な改善が認められていました。

評価尺度

治療前

30日後

70日後

PCL-5

49.6

30.33

29.0

悪夢

2.0

1.57

0.87

睡眠時間

5.03h

6.64h

6.83h

睡眠の質

2.27

1.21

1.07

睡眠効率

47.2%

52.26%

49.79%

PSQIスコア

13.79

10.62

9.13

否定的感情

31.64

24.14

22.93

肯定的感情

28.86

29.64

32.53

精神的健康

8.73

10.36

12.13

これらの結果について、研究者らは「主要な知見として、PTSD患者は医療用大麻を開始してから30日後と70日後にPTSD症状全体の重症度の改善を報告した。事後分析によると、ほとんどの参加者は30日後までにPTSDの重症度が有意に改善し、これらの改善は70日目まで維持されていた」

「全体的なPTSD症状の重症度の改善に加えて、参加者は睡眠の質と睡眠時間の改善、悪夢の頻度の減少を報告した。さらに、否定的感情の減少や全体的な幸福感の改善も報告された。これらの知見は、医療用大麻の使用がPTSD患者の臨床的利益と関連する可能性を示唆している」

「特に睡眠障害に関しては、現在利用可能な治療法では反応しないことが多いため、これらの結果は医療用大麻がPTSD患者の転帰を改善する可能性を強調するものである」と述べています。

ただし、この研究には、サンプル数が少ないこと、自己評価に基づいた結果であること、比較する対照群が存在しないことなど、いくつかの限界があります。

したがって、PTSD患者に対する医療用大麻の有効性を明確にするためには、今後もより質の高い研究が必要となります。

PTSDとエンドカンナビノイドシステム

大麻やカンナビノイドは、主にECS(エンドカンナビノイドシステム)と呼ばれる神経系に作用することで様々な医療効果をもたらすと考えられています。

特に、ECSの構成要素の1つであるCB1受容体の活性化は、恐怖記憶の消失において重要な役割を果たしていることが研究により示されています

また、ECSはストレスホルモン「コルチゾール」の分泌(HPA軸)にも関与していることが指摘されています。コルチゾールはストレスに対処する上で重要なホルモンですが、この過剰分泌は脳や身体にとって有害となるため、必要以上に分泌されないよう制御されています。

ECSはこの制御に関与している可能性があり、コルチゾールの過剰分泌はエンドカンナビノイドの減少をもたらしたという報告もあります。つまり、強いストレスによるコルチゾールの過剰分泌がECSの破綻をもたらし、このことがPTSDの発症メカニズムに関連している可能性があるということになります。

ストレス反応(HPA軸)

これらのことを裏付けるように、いくつかの基礎研究では、CB1受容体の働きを阻害することにより恐怖記憶の消失が障害されHPA軸が乱れ不安抑うつが引き起こされたことが報告されています。

加えて、人を対象とした研究でも、PTSD患者においてECSに変化が生じていることが明らかにされつつあります

これらのことから、破綻したECSをサポートすることがPTSDの改善につながる可能性があると考えられます。実際にPTSDモデルの動物研究では、主にエンドカンナビノイドの分解を阻害する(エンドカンナビノイド量を増やす)薬において有効性が報告されています

なお、CBDは主なエンドカンナビノイドの1つであるアナンダミド分解酵素を阻害あるいはアナンダミドの再吸収を抑制することで、体内のアナンダミド量を増やすことで知られています。

標準治療との併用が必須か

ECSの変化に呼応するかのように、PTSD患者は大麻使用率が高い傾向にあります。とはいえ、大麻やカンナビノイドによる治療がPTSDに有効なのかは定かではありません。

2021年に公開されたシステマティックレビューでは、医療用大麻がPTSDに有効性を示した研究のほとんどは質の低い観察研究であり、質の高い研究はほとんど行われていないことが明らかにされています。さらに一部の研究では、大麻の使用がPTSDの臨床転帰を悪化させていたことも報告されています

そのため、米国保健福祉省(HHS)は現時点で、「大麻によるPTSD治療に関連した精神医学的有害事象の可能性は、観察研究における限定的な利益よりも大きい可能性がある」と否定的な見解を示しています

このような中、オーストラリアのクイーンズランド大学の研究チームは最近の論文で、医療用大麻は「エクスポージャー療法と組み合わせることでのみ」治療成績を改善することができると強調。前述したように、エクスポージャー療法はPTSDにおいて最も有効性が認められている治療です。

実際にPTSDモデルラットの研究では、エクスポージャー療法だけでは恐怖の減少しか認められなかったものの、アナンダミドの分解を阻害する薬の併用により社会的機能においても改善が認められたことが報告されています

つまり、PTSDにおいて医療用大麻を選択する優先順位は低いながらも、標準治療で有効性が認められない場合に関しては、これらの治療を併用することでより良い治療結果がもたらされる可能性があるということです。

とはいえ、全員にとって安全で有効とはならないまでも、今回の研究結果でも示されたように、医療用大麻により恩恵を受けているPTSD患者は確実に存在しています。

例えば、不安やPTSDを抱えた患者198名(PTSD患者:57名)を対象としたイギリスの調査では、医療用大麻の使用により52.6%で不安が減少し、抑うつ、疲労、社会活動においても改善が認められていたことが報告されています。

別のイギリスの研究チームは、医療用大麻を処方されたPTSD患者162名を追跡調査した結果、PTSD症状(特に覚醒症状)、睡眠、不安において有意な改善が認められていたことを報告

イスラエルの観察研究でも、標準治療で有効性が認められなかったPTSD患者14名において、医療用大麻の使用がPTSD症状(再体験、回避症状、感情麻痺、覚醒症状)や睡眠の改善をもたらしたことが報告されています

カナダの研究チームは、PTSDを抱えた軍人において合成THC製剤「ナビロン」(0.5mgから開始し、最大3mgまで増量)の有効性を検証した結果、プラセボと比較して有意に悪夢の頻度が減少し、主観的な健康状態が改善されたことを報告しています

なお、PTSDに関しては大麻よりも幻覚剤である「MDMA」のほうが有望かもしれません。実際にアメリカではMDMA治療の臨床試験が成功を収めており、今年中に新薬として承認される可能性が出てきています。さらに、オーストラリアではすでに2023年7月より、PTSD患者に対するMDMA治療が合法化されています

廣橋 大

麻マガジンライター。看護師国家資格保有者。2021年より大麻の情報発信に携わる。

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