史上初 国連麻薬委員会がハームリダクションに基づいた薬物政策を承認

3月22日、国連麻薬委員会(CND)は初めてハームリダクションに基づいた薬物政策の有効性を認め、加盟国にこれを奨励する決議を採択しました

国連麻薬委員会は国際的な薬物政策を策定する国連の中心機関。53カ国のメンバーで構成されており、この中には日本も含まれています。

ハームリダクションとは?

ハームリダクションとは、違法薬物の使用をなくすことではなく、違法薬物の使用による害を減らすことに重点を置いた薬物政策の考え方です。

違法薬物の使用による害としては、過剰摂取による事故や死亡、注射針の使い回しによるHIVやB型及びC型肝炎ウイルスの感染、物質使用障害(薬物依存症)などが挙げられます。

現在、多くの国が刑罰を中心とした薬物政策を採用。しかし、世界薬物報告書(2023年版)によれば、2021年における違法薬物の使用者は2億9,600万人以上で、過去10年間で23%増加。さらに、物質使用障害に苦しむ人の数は3,950万人に急増し、過去10年間で45%増加しています。

このような中、薬物使用者は2021年の新規HIV感染者の10%を占め、他の成人人口と比べてHIVの感染リスクが35倍高いことが明らかにされています。そして、毎年60万人近くがウイルス性肝炎、HIV、薬物の過剰摂取、傷害といった薬物関連の要因で命を落としています。

つまり、刑罰による薬物政策は違法薬物の使用を抑制する効果に乏しいだけでなく、薬物使用者を闇の中に隠れさせてしまい、かえって健康被害を拡大させてしまうリスクがあるということです。

また、刑罰を科せられた薬物使用者は「前科」という汚名を背負うことになり、就職、医療、金融、公的サービスへアクセスすることが難しくなります。このような状況は、本来社会復帰を望むべき国の政策が、結果としてそれを困難にしている可能性があります。

他にも、懲罰的な薬物政策では黒人や貧困層などがターゲットにされることが多く、人権侵害に拍車をかけていることも指摘されています

ハームリダクションに基づいた薬物政策は、違法薬物の使用はなくならないという前提のもと、薬物使用者の命、健康、人権を守ろうとするものです。

具体的には、違法薬物の非犯罪化合法化による規制過剰摂取防止センター、違法薬物の安全性検査、注射針・注射器プログラムなどが含まれます。

歴史的な瞬間を迎える

3月14日から22日にかけ、オーストリアのウィーンにおいて国連麻薬委員会(CND)の第67会期が開催されました。

麻薬委員会はこれまでウィーン精神(Vienna spirit)に則り、”全会一致の合意”に基づいて話し合いに取り組んできました。そのため、過去にもハームリダクションへの言及はありましたが、長年に渡りロシアと中国がこれに反対したことで、採決に至ることが叶いませんでした。

しかし、今年は米国の影響力、ハームリダクションを支持する多くの国の強い意思などにより、過剰摂取の予防と管理においてハームリダクションに言及した決議案が本会議に送られました。

なお、最初の2日間で開かれたハイレベル・セグメントにおいては、WHO(世界保健機関)のテドロス・アダノム・ゲブレイェソス(Tedros Adhanom Ghebreyesus)事務局長も、違法薬物の過剰摂取による死亡を防ぐための手段の1つとして、ハームリダクションが有効であることを主張しました

本会議における採決の結果、加盟国は賛成多数(53カ国中38カ国)でこの決議案を承認。国連麻薬委員会においてハームリダクションに基づいた薬物政策が明確に認められたのはこれが初であり、歴史的な瞬間となりました。

この決議には、刑罰による薬物政策を採用し、世界の麻薬戦争に多額の資金を提供してきた日本も賛成票を投じています。反対したのは、ロシアと中国の2カ国のみでした。

採択された決議の実行条項3(OP3)には、国内法や国際的な薬物統制条約の目的に従っている限り、過剰摂取の予防と管理のために、ハームリダクション政策を含む革新的なアプローチを模索することを奨励すると明記されています。

国連麻薬委員会がハームリダクション政策を初めて認めたという事実は、薬物政策における新たなアプローチへの国際的な幕開けとなるかもしれません。

なお、国連の人権機関である「国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)」は昨年、違法薬物の非犯罪化を「緊急の課題」とした声明や、刑罰による薬物政策が有害であることを訴えた報告書を発表しています。

UNAIDS「UNAIDS welcomes the adoption of a crucial resolution recognizing harm reduction measures at the UN Commission on Narcotic Drugs」https://www.unaids.org/en/resources/presscentre/pressreleaseandstatementarchive/2024/march/20240322_harm-reduction

International Drug Policy Consortium「‘Harm reduction’ takes centre stage as UN drug policy breaks free from the shackles of consensus」https://idpc.net/blog/2024/03/harm-reduction-takes-centre-stage-as-un-drug-policy-breaks-free-from-the-shackles-of-consensus

World Health Organization「WHO joins 67th session of the Commission on Narcotic Drugs」https://www.who.int/news/item/28-03-2024-who-joins-67th-session-of-the-commission-on-narcotic-drugs

廣橋 大

麻マガジンライター。看護師国家資格保有者。2021年より大麻の情報発信に携わる。

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