医療用大麻がADHDの不安・睡眠・QOLを改善

医療用大麻がADHDの不安・睡眠・QOLを改善

- イギリスの観察研究

ADHD(注意欠陥・多動性障害)と診断された人々が医療用大麻の使用により、不安、睡眠、QOLを改善させていたことがイギリスの研究チームにより報告されました。論文は「Neuropsychopharmacology Reports」に掲載されています。

ADHDは不注意、多動性、衝動性の3つを主症状とした発達障害です。日本におけるADHDの有病率は学童期の子供において3~7%程度であり、特に男児で多く(女児の3〜5倍)、成人でも3〜4%が有していると言われています。

ADHDの明確な原因は現時点で不明ですが、思考、注意、社会性などを司る脳の領域(前頭葉)の働きが弱まっていることが一因として考えられています。また、ノルアドレナリンやドーパミンといった神経伝達物質が通常よりも少ない可能性も指摘されています。

ADHDはその特徴ゆえに集団生活において支障をきたしやすく、学童期や思春期には親や先生から怒られることも珍しくありません。成人でも仕事において支障をきたすことがあり、社会的な責任も相まって強いストレスを感じやすい傾向にあります。

そのため、ADHDの人々は二次的にうつ病不安障害、適応障害、強迫性障害、睡眠障害素行障害などを併発しやすくなっています。

ADHDの治療としては、基本的に環境調整(不必要な刺激を取り除く)や、保護者に関わり方を教育すること(ペアレントトレーニング)などが大切となります。状況に応じて、心理教育や精神療法も行われます。

それでも生活に支障をきたす場合は薬物療法が行われます。主に使用される薬として、ノルアドレナリンとドーパミンの働きを強めるコンサータ(メチルフェニデート)やストラテラ(アトモキセチン)、アドレナリンα2A受容体に作用することで神経伝達を増強するインチュニブ(グアンファシン)などが挙げられます。

しかし、これらの薬は食欲不振、吐き気、頭痛、不眠(メチルフェニデート)や眠気(アトモキセチン)、血圧低下(グアンファシン)などの副作用が認められやすいことで知られています。

ADHDでは大麻を使用する可能性が高い

ADHDの人は大麻を含む様々な物質を使用しやすい傾向があります。例えば、2020年の報告によれば、ADHDの人はそうでない人と比べて、大麻を使用する可能性が7.9倍高かったことが明らかにされています。

ADHDの人は物質使用障害(薬物依存症)に至る可能性も高く、アメリカの調査では、大麻使用障害で治療を求める患者においてADHDの有病率が34〜46%であったことが報告されています

これらは一見して問題に見えるかもしれませんが、ADHDの人にとってはそうとも限りません。というのも、ADHDの人は大麻を始めとした物質を”自己治療”として用いている可能性があるからです。

ADHDの人を対象としたアメリカの質的研究では、大麻の使用理由として「安定(つまり、自己治療及び不安やストレスからの解放)のため」と回答した人が有意に多かったことが報告されています。

また、別のアメリカの研究では、ADHDの人やその介護者による大麻に関するオンライン投稿を調べた結果、25%の人が「大麻はADHDに効果がある」と認識していたことが明らかにされています。

ADHDで医療用大麻を処方された人々を追跡調査

イギリスの超名門校「インペリアル・カレッジ・ロンドン(Imperial College London)」の研究者やロンドンにある医療用大麻クリニック「サファイア・メディカル・クリニック(Sapphire Medical Clinic)」の医師らは、ADHDに対する医療用大麻の有効性と安全性を評価するため、12ヶ月間の追跡調査を実施。

調査の対象となったのは、イギリス医療用大麻レジストリ(UKMCR)に登録を行い、サファイア・メディカル・クリニックでADHDのために医療用大麻による治療を受けた68名(男性80.9%、平均年齢35.6歳)。

参加者は治療開始から1ヶ月、3ヶ月、6ヶ月、12ヶ月後に不安(GAD-7)、睡眠(SQS)、健康関連QOL(EQ-5D-5L)、治療効果(PGIC)について自己評価するよう求められました。

・GAD-7(Generalized Anxiety Disorder-7)
全般性不安障害(GAD)のスクリーニングと重症度測定のための自己評価尺度。総スコアは21点で、5点以上で軽度、10点以上で中等度、15点以上で重度の不安障害と判断される。

・SQS(Sleep Quality Scale)
過去7日間の睡眠の質を0点(ひどい)〜10点(最高)で自己評価。点数が高いほど睡眠の質が高いことを意味する。

・EQ-5D-5L
健康関連QOLに対する自己評価尺度。「移動の程度」「普段の生活」「身の回りの管理」「痛み・不快感」「不安・抑うつ」といった5つのドメインに対し評価が行われる。総スコアは0~1点の尺度に基づき、0点は最もQOLが低い状態、1点は最もQOLが高い状態を示す。

・PGIC(Patient Global Impression of Change)
治療効果を1点(変化なし)〜7点(かなり改善)で自己評価。点数が高いほど主観的な治療効果が高いことを意味する。

大多数がTHC主体のドライフラワー製品を使用

参加者68名のうち、55.9%がドライフラワー製品のみ、5.9%がオイル製品のみ、38.2%がその両方の製品を使用。1日あたりのTHCの服用量の中央値は208.8mgであり、CBDでは15mgと報告されました。

最も多く処方されたドライフラワー製品はCuraleaf社のAdven® EMT1(THC20%、CBD1%未満)であり、最も多く処方されたオイル製品はCuraleaf社のAdven® CBD50mg/mlオイル、Adven® THC20mg/mlオイルでした。

不安、睡眠、QOLが改善 処方薬中止も

参加者68名のうち欠損データなく解析対象に含まれたのは、1ヶ月後で61名、3ヶ月後で53名、6ヶ月後で50名、12ヵ月後で33名。

不安(GAD-7)はベースライン時と比べ、全ての期間で有意に改善。GAD-7の平均はベースライン時の10.9点から1ヶ月後で6.7点、3ヵ月後で6.4点、6ヵ月後で6.9点、12ヵ月後で8.4点へと減少。

GAD-7の臨床的に有意な改善は1ヵ月で50%、3ヵ月後で42.7%、6ヶ月後で39.7%、12ヶ月後で26.5%において観察されました。

睡眠(SQS)もベースライン時(4.2点)と比べ、全ての期間において有意な改善が認められました(1ヵ月後:5.8点、3ヵ月後:5.9点、6ヵ月後:6.1点、12ヶ月後:5.4点)。

ADHDの不安・睡眠への効果

健康関連QOL(EQ-5D-5L)の総スコアはベースライン時(0.6点)と比べ、1ヶ月後(0.7点)、3ヶ月後(0.73点)、6ヵ月後(0.7点)において有意に改善。12ヶ月後(0.63点)では有意な改善が認められていませんでしたが、これについて研究者らは「研究デザインで用いられた方法によるもの」と考察しています。

EQ-5D-5Lのドメイン別では、「痛み・不快感」と「普段の生活」では3か月後、「不安・抑うつ」では6ヵ月後までにおいて有意な改善が観察されました。

治療効果(PGIC)は全ての期間において、中央値6点(改善した)で安定していました。

なお、参加者のうち80.9%がベースライン時に現在の大麻使用を報告していましたが、今回認められた改善と大麻使用の有無との間で関連性は認められませんでした。

また、医療用大麻治療により、ADHD治療薬の服用状況においても変化が観察されました。

ベースライン時、参加者の29.4%がメチルフェニデート、19.1%がリスデキサンフェタミン(ビバンセ:D−アンフェタミンのプロドラッグ)、10.3%がD-アンフェタミン(中枢神経刺激薬)、8.8%がアトモキセチンを服用を報告。

しかし、医療用大麻による治療開始から12ヵ月後では、メチルフェニデート(15%)、リスデキサンフェタミン(38.5%)、D-アンフェタミン(14.3%)を服用していた一部の患者において、服薬の中止が報告されました。

副作用は許容できるレベル

医療用大麻の使用により、参加者の16.2%から合計61件の副作用が報告され、このうち38.2%において経験した副作用が「中等度」と評価されました。

副作用として最も多く報告されたのは、不眠、集中困難、傾眠、倦怠感、口渇(それぞれ5件ずつ報告)。命に関わったり、障害を引き起こすような副作用は観察されませんでした。

ただし、これらの副作用の一部はADHDの症状としても認められるものであり、この研究ではこれについて区別することはできないと説明されています。

今回の研究結果について、論文の結論部分では「このケースシリーズはADHDの一次診断を受け、カンナビノイドベースの医薬品を最長12ヵ月間処方されたUKMCR患者の臨床転帰を評価した初めてのものである。本研究は、カンナビノイドベースの医薬品による治療が1ヵ月後、3ヵ月後、6ヵ月後の全般的な健康関連QOLの改善、さらに、1ヵ月後、3ヵ月後、6ヵ月後、12ヵ月後の不安と睡眠の質の改善と関連していたことを報告している」「本試験において、カンナビノイドベースの医薬品は忍容性が高く、大多数の患者(83.82%)は有害事象を報告しなかった」と述べられています。

ただし、この研究には、観察研究という性質から因果関係を明確にできないこと、男性が圧倒的に多かったこと、使用された大麻製品の不均一性、大多数が大麻使用者であったことなど、様々な限界やバイアス(偏り)リスクがあります。

そのため、今回の研究結果は「予備的」なものであり、ADHDに対する医療用大麻の有効性と安全性を評価するためには、今後もより質の高い研究を実施することが不可欠であるとされています。

ADHDの人を対象とした医療用大麻のランダム化比較試験は、これまで1件のみ行われています。この研究では、ADHDを有する成人30名において大麻由来医薬品「サティベックス」の有効性を検証した結果、多動性・衝動性や認知機能の指標において改善傾向が示されたものの、プラセボ(偽薬)と比較して統計的に有意な差が認められませんでした。

2023年1月に公開されたレビューでは、大麻の使用によりADHDの症状が改善したことを示す研究はあるものの、ほとんどの研究では症状を悪化させるか影響を与えないことが示されていることから、「大麻はADHDを有する人には推奨されない」と結論づけられています。

同年6月のシステマティックレビューでは、ADHDの人による大麻の使用頻度は、ADHD症状の重症度及び大麻使用障害になるリスクのわずかな増加と有意に関連することが示されました。ただし、現時点で大麻とADHDに関するエビデンスは限られており、「有益であるのか有害であるのかは、現在までのエビデンスでは結論が出ていない」とされています。

とはいえ、今回の研究結果からも示されたように、医療用大麻により救われているADHDの人は確実に存在しています。

カナダの研究者らは、ADHDを有する3名が大麻の使用により集中力、焦燥感、不安などの改善を実感し、QOLの向上が認められた症例を報告

ドイツの調査では、大麻により自己治療を行っているADHDの人30名(男性28名、平均年齢30歳)のうち、73%が仕事や社会生活に参加できる程度までADHDの症状が緩和したと回答。特に有用であったのは興奮と衝動性の軽減であり、集中力についても47%で改善が報告されました。

イスラエルの研究チームは、ADHDのために医療用大麻を使用している成人患者59名を調査した結果、高用量の医療用大麻治療を受けていた人ほどADHD治療薬の中止を報告する割合が有意に高かったことを報告

ADHDを有する18歳以上の成人を対象としたアメリカの調査では、大麻の自己治療により多くの人が多動性(169名中80.5%)、衝動性(45.6%)、落ち着きの無さ(88.2%)、精神的ストレス(75.7%)の改善を報告。加えて、ADHD治療薬による副作用(食欲低下、睡眠障害、イライラ、不安など)に対しても、一部の参加者から有効性が報告されました。

大麻がADHDに有効なのか有害なのかはまだ分かりませんが、治療の選択肢が増えるほどADHDの人によっては生きやすい世界となります。ただし、大前提として最も大切なのは、私たち一人ひとりがADHDの人々の特徴を理解し、受け入れる姿勢を持つことです。

廣橋 大

麻マガジンライター。看護師国家資格保有者。2021年より大麻の情報発信に携わる。

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