4月19日、大麻成分を含んだ局所製剤を使用することで、脱毛症の人々において発毛が促進されたことがアメリカの研究者により報告されました。論文は「International Journal of Trichology」に掲載されています。
異物からの保護や保温などの役割を有する「毛」。髪の毛に関してはこれらに加え、見た目でも大きな役割を果たします。
生えている毛はずっと残り続けるわけではなく、定期的に生え変わりが行われています。この発育と脱毛を繰り返すサイクルを「毛周期」と言い、毛周期は以下の3つのサイクルから成り立っています。
①成長期
毛が伸びる時期。皮膚表面にまで成長する「前期」と、皮膚表面からさらに毛が伸びる「後期」に分かれる。
②退行期
毛が抜け落ちる準備段階。
③休止期
毛穴から毛が完全に抜け、新たな毛が生えるのを待つ時期。
近年よく聞かれるようになったAGA(男性型脱毛症)やFAGA(女性男性型脱毛症)は、この毛周期に異常をきたした脱毛症のことを指します。
男性でみられるAGAは「DHT(ジヒドロテストステロン)」と呼ばれる男性ホルモンが悪さをすることにより生じると考えられています。DHTとは、男性ホルモンの1つである「テストステロン」が「5αリダクターゼ」と呼ばれる酵素によって変化したもの。DHTは毛包(毛根を包んでいる皮膚組織)に結合することで休止期を延長し、この繰り返しにより毛髪をどんどん失わせていきます。
AGAの発症自体に関しては、遺伝性の関与が指摘されています。
女性では、加齢とともに女性ホルモンが減ることで相対的に男性ホルモンの比率が高くなり、脱毛が生じると考えられています。
AGAとFAGAの治療には、5αリダクターゼを阻害する薬(フィナステリド等)やミノキシジルが用いられます。
5αリダクターゼ阻害薬はAGAで第一選択となっていますが、FAGAでは有効性が確認されていません。ミノキシジルは外用の育毛剤で、これは男女ともに有効。治療には他にも、植毛やレーザー治療などがあります。
しかし、これらの治療は一部の人で十分な効果が得られていないため、現在も新たな治療法が模索されています。
髪の毛とECS
医療用大麻やCBDなどのカンナビノイドは、エンドカンナビノイドシステム(ECS)と呼ばれる神経系に作用することにより、医療効果がもたらされると考えられています。
このうち、エンドカンナビノイドシステムを構成する要素の1つであるCB1受容体は、毛包で多く発現していることが確認されています。
人の毛包組織を用いた研究では、CB1受容体の活性化は毛の伸びを抑え、さらに毛の成長に重要な役割を果たす毛母細胞の増殖を抑制することで、早期に退行期への誘導をもたらすことが明らかにされています。一方、動物モデルにおいてCB1受容体の働きを抑制する薬剤は、毛の成長を促進させました。
また、一部のカンナビノイドはTRPV1(トリップ・ブイワン)と呼ばれる感覚センサーに作用することでも知られています。唐辛子を食べると辛さ(痛み)を感じますが、これは唐辛子に含まれるカプサイシンがTRPV1を活性化することで生じています。このような痛みだけでなく、TRPV1は不安などの感情にも関与しており、様々な病気との関連性が指摘されています。
TRPV1は毛母細胞において存在が確認されており、この活性化は人の毛包組織を用いた研究において、毛の伸びを遅らせ、退行期への移行を促進することが報告されています。
以上のことから、CB1受容体とTRPV1の働きを抑制する成分は、AGAやFAGAなどの脱毛症に有効となる可能性があります。
CBD、THCV、CBDVを含んだ局所製剤を用いた研究
今回フロリダ州の研究者は、5αリダクターゼ阻害薬やミノキシジルによる治療を行っていないAGA及びFAGA患者31名(男性15名、女性16名)を対象に、ヘンプから抽出されたオイルを含んだ局所製剤を6ヶ月間使用してもらうことで、発毛効果を検証。
参加者は毎朝1回、この製剤を脱毛部分に薄く塗布。研究期間中、その他の治療薬は使用されませんでした。
有効性の評価は、治療開始時と治療6ヶ月後で、最も顕著に脱毛が認められていた部位の毛髪量を比較することにより行われました。
ヘンプから抽出されたオイルはCBDを最も多く含み(60%)、それ以外にもCBDV(12.6%)、THCV(3.7%)、THC(0.2%)、CBG(0.9%)、CBN(0.1%)を含有。研究ではこのオイル1gに、メントール5g、ペパーミントオイル600g、エミューオイル600g、ジメチコン900mlを配合した製剤(オイル及びスプレー)が用いられました。
CBDはCB1受容体の働きを弱め、なおかつTRPV1を過活性することで働きを低下させることから、有効性が期待されました。また、THCVやCBDVも用量により、CB1受容体の働きを抑制すると考えられています。
なお、ペパーミントオイルもマウスの研究において、毛髪の成長を促進したことが報告されています。
広範囲に毛量が増え、高い満足度が得られた
全体で治療開始前の平均毛髪数は9.5本/㎠から、6ヵ月後には25本/㎠にまで増加。これは毛髪量が平均して164%増加し、新たに1㎠あたり15.5%の発毛が認められたことを意味します。全ての参加者で毛髪数の増加が認められ、その増加の程度は最小で31.3%(16本→21本/㎠)、最大で2000%(1本→21本/㎠)となりました。
男性では、治療開始前の平均毛髪数6.1本/㎠から、治療6ヶ月後には21.2本/㎠にまで増加し、平均246%の毛髪量の増加、1㎠あたり15.5%の発毛。
女性では、治療開始前の平均毛髪数12.7本/㎠から、治療6ヶ月後には28.8本/㎠へと増量し、平均127%の毛髪量の増加、1㎠あたり15.5%の発毛が認められました。
参加者にこの製剤の効果に対する評価を求めたところ、45%が「とても満足」、55%が「満足」と回答しました。
また、第3者にあたる医師に治療前後の写真を見てもらった結果、頭皮を覆う毛髪量が「軽度」から「広範囲」まで改善されたと評価されました。
論文では、治療前後の写真が男女1名ずつ掲載されています。

既存の治療薬より優れている可能性
今回の研究結果から、研究者は「この事例はTHCV、CBDV、CBD、メントール、ペパーミントオイルを多く含むヘンプ抽出物の局所使用が、AGAを有する男女両方において、著しい発毛に関連することを示しています」「 全般的に、女性よりも男性で良い結果がみられました」と述べています。
研究者は以前、CBD10.8%、THC0.2%のカンナビノイドを含むヘンプ抽出物を用いて、AGAに悩む35名の男女において発毛効果を実証しています。しかし、THCVやCBDVを追加した今回の局所製剤では、CBDのみを主体とした以前の製剤と比べ、より高い効果がもたらされたと評価しています。
それどころか、研究者は今回の研究結果に関して、「フィナステリド(5αリダクターゼ阻害薬)及び5%ミノキシジルの1日1回の使用と比較して、ヘンプ局所製剤はより優れた結果を示しています」と述べ、既存の治療薬よりも優れているとしています。
また、今回の局所製剤は既存の治療薬と異なるメカニズムで作用するため、これらの薬剤を併用することで相乗効果が得られる可能性があり、この安全性を検証するための研究が必要であると述べています。
なお、2022年に公開されたレビューでは、CBDの発毛・育毛効果は濃度依存的であり、高濃度では脱毛を引き起こすリスクがあると述べられていることから、頭皮の局所使用においてCBDは適量で使用することが望ましいと考えられます。
化粧品としても注目を集めているCBDは、これまでの研究において頭皮や肌トラブルなどに対し、有効性を示しています。
2020年の研究では、軽度〜中等度の頭皮乾癬及び脂漏性皮膚炎(頭皮などで赤みやフケを伴う炎症)を有する18〜61歳の男女50名に、CBD0.075%を配合したシャンプーを14日間使用してもらった結果、赤み、フケ、かゆみ、ほてりなどが有意に改善し、高い満足度が認められたことが報告されています。
最近イスラエルの研究者らは、CBDとオメガ3脂肪酸「EPA」を含有したジェルが、細胞株、皮膚サンプル、人において強力なアンチエイジング効果を発揮したことを報告しています。
円形脱毛症を有する成人1045名を対象に実施したアメリカの調査では、ほとんどの人が脱毛に対して大麻の効果を実感していなかったものの、6割以上の人が脱毛に起因したストレスの軽減、不安・抑うつ・悲しみといったネガティブな感情の改善を報告しています。