ヘンプの歴史【アメリカ】

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人類と麻の関わりは、発見された記録が残っているだけでも1万年以上前からです。これは、人類が利用してきた最も古い植物の一つです。

また、麻は25,000以上の用途があるとも言われています。これは、植物の成長の早さ、長くて丈夫な繊維、人や動物の健康に役立つ豊富な栄養成分が要因です。

一時期、麻はアメリカで最も有力な換金作物でした。当時はどのように使用されていたのか?この数十年の間に何が起きたのか?歴史を紐解いていきます。

まず始めに、アメリカの独立宣言は1776年。とても新しい国であり、ヨーロッパからの多くの移民によって誕生しました。

では、ヨーロッパではいつ頃から使用していたのでしょうか?

 

ヘンプの歴史

紀元前8000年 中央アジアで大麻を発見
麻の原産地は中央アジアとされています。特に中国で、主に繊維をとるために栽培されていました。長江(揚子江)や黄河周辺の遺跡では、土器の破片に麻の繊維の痕跡が発見されています。

その後7,000年以上、古代中国では麻を食用、薬用、繊維用に利用し、古代中国の文明を作り上げました。また、モンゴルやインド、日本など他のアジア地域にも広がっていきました。日本では1万2000年前の使用と思われるものが縄文遺跡から発見されています。

 

紀元前2000年~紀元前1700年 エジプト、アフリカへ
紀元前1500年頃のエジプトの医学書「エバース・パピルス」によると、古代エジプト人は目の痛みや炎症、痔などの治療に麻を使用していたようです。また、エジプト第19王朝の第3代ファラオであるラメセス2世のミイラからも麻の花粉が検出されています。

その後、麻の栽培と利用は、エチオピアやモザンビークなど、アフリカの他の地域にも広がっていきました。

 

紀元前1500年~300年 ヨーロッパへ
北ヨーロッパに麻が伝わったのは、中央アジアに初めて遊牧帝国を築いたことで知られるユーラシアの大規模な騎馬遊牧民スキタイ人からでした。スキタイ人は、麻を嗜好、食用に利用したり、大麻が精神を活性化する効果も知っており煙にし吸入していました。埋葬や清めなどの儀式では麻は欠かせないものとなっており、スキタイ人は麻の煙を大切にしていました。

ヘンプはヨーロッパで広く受け入れられ、栽培され、ロシア、ギリシャ、イタリア、スペインなど急速に広まりました。主に、食用、薬用、縄の材料として使われていました。3世紀には、当時のローマ皇帝アウレリアヌスがエジプト産の麻に税金を課しています。

 

1000年〜1500年 イギリスのヘンプ
この時代は「帆の黄金時代」とも呼ばれ、帆船による国際貿易が盛んに行われました。これにより、世界中に麻製品は普及。

麻は、なかなか腐らず、貿易商品として人気がありました。それに比べて、亜麻のような他の類似品は、海の塩水にさらされると、わずかな期間で腐ってしまいました。

1500年代初頭、ヘンリー8世はイングランドのすべての土地所有者に対して、土地の4分の1以上を麻や亜麻の栽培に充てるようにと発表。その数年後、エリザベス1世は、対象となる土地所有者がこれに従わない場合、罰金を課しました。ヘンプは、イングランドの圧倒的な経済力と海軍力に欠かせないものとなり戦略的に栽培を行いました。この経済の繁栄は、アメリカ大陸の探検や世界の植民地化を加速させました。

現在のメキシコやチリにいたスペイン人が、アメリカに初めて麻を持ち込んだのもこの頃だと考えられています。

 

 

1600年~1700年 アメリカでヘンプの栽培
バージニア州ジェームズタウンにいたイギリス人入植者が、「新発見の地」で麻の栽培を始めました。主にロープや衣類、紙、ランプの燃料などの繊維製品に使われました。

1700年代、アメリカのバージニア州をはじめとするいくつかの植民地では、農家に麻の栽培が義務付けられました。

 

1700〜1850年 アメリカでヘンプ栽培による経済活動が活発化
1700年代前半から半ばにかけて、ヘンプは当時、貨幣よりも価値があると考えられており、法定通貨として普及しました。

1776年、憲法と独立宣言の草案は、当時最も一般的な紙であった麻の紙に書かれました。同年、ワシントンが率いた大陸軍は、耐久性に優れた麻繊維の服を使用していました。

さらに、海軍の船には、大量のヘンプが使用され、当時の船のロープや帆布の一部は現在も残っており、ヘンプが丈夫で耐久性のある繊維という事実を時間をかけ証明しています。

建国の父と呼ばれるアメリカ建国に関わった方々も、ヘンプの栽培を支持していました。初代アメリカ合衆国大統領ジョージ・ワシントンの論文の中には、麻の栽培を提唱しているものがあります。

第3代アメリカ合衆国大統領トーマス・ジェファーソンは麻を栽培していたことが知られており、麻の適切な栽培方法についての出版物も複数書いています。また、トーマス・ジェファーソンは、大麻脱穀機の特許を取得しています。

 

1850〜1920年 医療に利用されるヘンプ
1850年のアメリカの国勢調査では、アメリカ国内に8,000以上のヘンプ農場があったとされています。これは2,000エーカー(東京ドーム173個分)以上の農場を対象としたものだったので、実際のアメリカ国内の農場の数は更に多かったことが容易に想像できます。

この頃、アメリカでは医療用ヘンプの診療所が多く存在していました。1890年、医師のジョン・ラッセル・レイノルズは、ヘンプを「地球上で最も汎用性の高い薬のひとつ」と評しています。

また、1916年の米国農務省の報告書では、従来の樹木に比べると、麻畑から最大4倍の紙を生産できることが明らかにされています。

 

1930〜1970年 ヘンプ栽培の禁止
1930年代初頭、この奇跡の植物に対する考え方が突然変わりました。メキシコからの移民が大麻を嗜好品(マリファナ)として使用し、マリファナの影響で暴力的な犯罪が起きていると突然報道が加熱。マリファナという言葉は差別的用語として使われていました。

1937年、アメリカ連邦政府は「大麻税法」を導入し、大麻を販売、入手、調合、所持した者に高額の税金を課しました。あまりにも高額であり、これは実質の禁止措置でした。そして、この「大麻」の意味は、”マリファナだけでなくヘンプも含めた全ての麻”が禁じられました。

1945年、第二次世界大戦を終えると、政府はナイロンやプラスチックの生産を後押しすることになりました。

1970年、ドラッグを規制する規制物質法の最も重いスケジュール1に分類され、麻の栽培は全面的に禁止となりました。全米のヘンプ農家や支持者は怒り、悲しみ、苦しみましたが、法律には逆らえませんでした。

 

2018年 ヘンプ栽培の復活
2018年は、大きな転換点となりました。トランプ大統領がサインをし、THC含有量が0.3%以下の大麻品種ヘンプの栽培と使用をアメリカ連邦政府が合法化しました。

また、ヘンプはマリファナとは違い、規制物質法のスケジュール1に分類されなくなりました。

古代から使用され、現代では数十年の間禁じられてきた、古くて新しい植物。

石油から作られるものは全てヘンプでまかなえるほどの多くの用途があるだけでなく、石油のように地球を掘るのではなく、土から天に向かって短期間で成長し、地球環境も守ります。

日本においても、第二次世界大戦後、大麻取締法が制定され、ヘンプの栽培は免許制となりましたが免許を新規発効することはほぼゼロに等しい状態です。

いつか、日本文化を作り上げてきたこの植物を私たち日本人の手によって自ら栽培できる日を心待ちにしております。

石井 竜馬

海外の大麻企業(栽培・加工・販売免許を保持して6年目)に投資家として関わる。コロナ騒動を機に日本で山暮らし開始。標高1,000mの地で井戸を掘り、湧き水と共に農的暮らし。珈琲焙煎士でもある。ヨガ歴19年。

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