全国に数多くある私立中高一貫校の中で、戦後の中高一貫校1期生から70年以上連続で東大合格者数トップ10から一度ももれたことのない学校が1校だけ存在します。
それは、東京都港区に位置する超進学校である麻布中学・高等学校。
開成、武蔵と並び「御三家」の一つとしても有名です。
そんなに凄い学校なのだからお堅いのでは?と思いきや「自主自立」「自由闊達」を学校が校風に掲げる通り、とにかく自由。
卒業生に聞くとこんなに自由な学校はない、と皆が口を揃えます。文化祭に顔を出せば髪の毛を緑やピンク、様々な色に染めている学生が多くいたり、その文化祭を始め、運動会や修学旅行などの行事は計画から実施まで生徒たち自身で行います。理由は、生徒自身が考えた方が面白いから。
冗談のように、非公式に言い伝えられている「3つの校則」は、「鉄下駄の禁止」「授業中の出前禁止」「賭け麻雀の禁止」
これがうちの校則だよと冗談になるくらいに、制限がない学校です。
出身の有名人は、元内閣総理大臣の橋本龍太郎さんや福田康夫さんを筆頭に数多くの著名な政治家、官僚、投資家、経営者、俳優、作家など人名を上げ出したらこの記事が人物紹介で終わるほどです。
そんな麻布中学・高校は、その名の通り、「麻」とも関係しています。
麻布学園 校章
(麻布学園ホームページより引用)麻の葉をデザイン化したものです。麻は、中国古代の思想家、荀子の「蓬も麻中に生ずれば、扶けずして直く、白沙も涅にあらば、これとともに黒し。」という言葉通り(校歌の2番にも引用されています)、自主・自立の校風と、仲間を大切にしながら豊かな人間性を育むという、学園の教育の理想を表しています。
麻布学園 校歌
作詞:森 六蔵 他
作曲:池 譲
千代田の南 麻布の丘に
筑波の緑 富士の白雪
朝な夕なに 窓より仰ぎ
学びにいそしむ わかきますらを
蓬にすさぶ 人の心を
矯めむ麻の葉 かざしにさして
愛と誠を もとゐとたてつ
新しき道 先きがけ行かむ
引用 (https://www.azabu-jh.ed.jp/about/schoolsong/)
麻布学園説明会
倉本聰という脚本家
麻布学園出身の著名人は数多くいらっしゃいますが、お一人だけどうしても私が伝えたい方がいらっしゃいます。
その方は、倉本 聰(本名:山谷 馨)
「北の国から」という私が大好きなドラマを作り上げた先生です。北の国からは、1981年10月に放送を開始。スタッフが高齢となり終わりを迎えた「北の国から 2002遺言」までスペシャルドラマとして20年間愛され続け、主人公の黒板五郎(演:田中邦衛)の黒板一家の成長を日本国中のファンが見守りました。
本記事の筆者は1988年3月生まれであり、北の国からの放送をリアルタイムで追いかけた世代ではありませんが、DVDで拝見しどっぷりとハマりました。それからは、倉本聰先生が舞台を行う時には舞台に駆けつけ倉本イズムを強烈に吸収してきました。
1934年12月31日(戸籍上は1935年1月1日)生まれで、まもなく87歳を迎える倉本先生は過去のインタビューで、麻布は自由がある校風のなんでもありの学校であったと答えています。
また、覚醒剤や大麻で周りがやたらと捕まった時期があり、夕刊紙に北海道在住の某有名脚本家が大麻を栽培して仲間に流していると書かれたこともありました。
「北の国から」に登場する岩城滉一は、過去に覚醒剤取締法違反で逮捕され完全に干されてしまった時期がありましたが、岩城滉一を出演させることを条件にドラマの脚本を快諾しています。北の国からに草太兄ちゃん(演:岩城滉一)がいないなんて考えられません。
北の国からは、都会生活からある日突然、電気水道も通っていない田舎暮らしが始まり、主人公の五郎さんの息子である純(演:吉岡秀隆)が「電気がなかったら暮らせませんよお」と言うところから始まります。
現代の都会化した暮らし・知識の世界にはない、田舎暮らし・知恵の世界、真に大切にするべきこと、幸せについてを学びました。
北の国からは、倉本先生の実体験。荒れ果てた森であった富良野の土地を購入(倉本聰が2/3、八千草薫が1/3を負担)。沢から水を引くところから生活を開始。
その後、八千草薫さんは八ヶ岳に土地を購入し移りました。倉本先生は、自らの原風景は学生の時に訪れていた八ヶ岳(山梨県)の甲斐大泉にあると過去に述べていますが、私も2020年に八ヶ岳に広大な土地を購入し、水は地下を掘り進め、湧き水を利用して生活しながらASA Magazine(麻マガジン)の記事制作を行っています。