イスラエルの医療用大麻使用者が語る、スティグマの苦しみ

イスラエルの医療用大麻使用者が語る、スティグマの苦しみ

世界的に医療用大麻の合法化が進み、数々の研究において多くの人が救われていることが報告されています。ですが医療用大麻が合法な国においても、目に見えない”あるもの”が大きな弊害を生み出しています。

それは「スティグマ」です。

スティグマとは、偏見や負のレッテルのことをいいます。大麻の文脈においては「大麻を使用している人=社会から逸脱した人」というような偏見を意味しています。

2022年4月29日、スティグマについてイスラエルの医療用大麻使用者から聞き取り調査を実施した研究論文が、国内の研究者らにより公開されました。

この研究では、慢性疼痛の緩和目的で医療用大麻を使用している15名に対し、オンラインでインタビューを実施し、自身が体験したスティグマやその対処方法について聴取しています。

スティグマは、医療用大麻の使用開始を遅らせる

医療用大麻が有効かもしれないと判断されたとしても、患者自身が大麻に対しスティグマを持っていたとしたら、使用に至るのは困難です。

ある回答者はこう語ります。

「5年前、医師は医療用大麻の治療を提案してくれましたが、興味ない、と断りました。大麻は犯罪者だけが使うものという認識で育ちましたからね」

医師の提案を断り、彼女はその後も痛みに苦しみ続けたといいます。そして2年後。

「また医療用大麻の使用を薦められたんです。受け入れるまでに時間がかかりました。担当医や他の医師からもたくさん話を聞いて迷い続けていましたが、もはや辛くて考える余裕がなくなっていました。それで使うことに決めたんです」

こうして医療用大麻を使用するようになった彼女は、当時を振り返り、こう語ります。

「最初はただの(大麻)アンチだったんですけど、今振り返るとその理由が理解できません。最初から医師の提案を受け入れるべきでした。当時の私は若かったし、バカだったんでしょうね。大麻使用に至るまでの2年間、苦しみ、泣き、叫び続け、眠れないどころか横にもなれず、座ることも歩くこともできませんでした。オピオイドを服用し、注射を射ってもよくならず、これ以上は過剰摂取になるからと言われてしまい、そのままでずっと過ごしていたんです。大麻を使用した瞬間、自分がバカだったことに気づきました」

医療用途での使用にも関わらず、こっそりと使用する

今回の研究において、実際にスティグマを体験したという人はほとんどいませんでした。ですがスティグマを体験するのを怖れ(自己スティグマ)、以下のような回答が多くみられました。

「仕事場では大麻を吸わないことにしています。犯罪者とか、そういう風に思われたくないので。仕事中に痛みを感じたら、鎮痛剤を少し多めに飲んで、仕事が終わるまでは我慢します。痛いからといって、社会との調和や他人の考えを気にしないなんてことはありません」

スティグマを怖れるがゆえに、たとえ医療目的であったとしても、大麻を使用しているところを他人に見られないようにしていることが分かります。

なかには、子どもに大麻を使っていることを知られたくないと述べている回答者もいました。

「あの家見えます?あれは私の家で、子どももいます。プールもあるし、プレイルームもあります。私は普段はここ(子どものいる家から少し離れた場所)に座って、子どもたちに見られないように大麻を吸っているんです」

自分が「悪者でないこと」を証明しようとする

スティグマへの対処方法として多く回答がみられたのは、医療用大麻が嗜好用大麻とは別物であることを主張することでした。

「私は51歳だし、理由もなく大麻を吸うような子どもじゃありません。”ハイ”になるためなんかじゃありませんよ。薬じゃどうしようもない痛みが襲ってきた時に吸うんです。それしか吸う理由はありませんよ」

「私にとって大麻は楽しむためのものではなく、薬なんです。起きて顔を洗ったり、歩いたり、外出したり、洗い物をしたり。そんな日常生活を送るために必要なものです」

「普通の人が大麻を吸うと”ハイ”と感じるかもしれませんが、怪我をしている人や痛みを抱えている人が大麻を吸うと、普通の人と同じ状態になれるだけで、それ以上は何も感じません。私たちは大麻を吸うことで、”普通の人”になれるんです。私たちは他人より劣っているんです。(大麻を吸わないと)朝起きるのも辛いし、日常生活の何もかもが辛いんですから」

また、自分が規律を守れる人間であることを示す回答も多くみられました。その中でも多くみられたのは、大麻を他の人とはシェアしない、大麻使用後に運転はしないというような回答でした。

「周囲の人は私が大麻を持っていることを知っています。(他の人に使用されないように)ちゃんと金庫にしまってますよ」

「大麻を吸った後の運転が禁止されているのは知っています。運転前に吸わないように努力してますよ。どうしても車で外出しなければならない時は、家に帰るまで我慢するようにしています」

スティグマをなくすために、筆者が思うこと

イスラエルにおいてスティグマは

・辛い症状から救ってくれる可能性があるにも関わらず、医療用大麻による治療の開始を遅らせる。
・ようやく治療を開始しても、スティグマを怖れ、こっそりと使用することになる。
・医療目的で大麻を使用していること・規律を守れる人間であることを強調し、自分を守らなければならない。

というような結果を招いていました。

イスラエルでは保健省医療用大麻局 (IMCA)が医療用大麻ライセンスを発行しており、ライセンス取得者は2018年時点で35,000人を超えています。ライセンス取得者の半分以上が慢性疼痛によるものです。なお、嗜好用大麻は違法です。

イスラエルが初めて医療用大麻のライセンスを発行したのは、1990年代のことです。カンナビノイド医療の父、ラファエル・ミシューラム博士がTHC(テトラヒドロカンナビノール)エンドカンナビノイドシステムを発見した場所も、イスラエルです。

このように医療用大麻に長い歴史を持つイスラエルでさえ、スティグマにより苦しんでいる人がいるという事実を知り、筆者は大きな不安を抱きました。

というのも、日本における大麻へのスティグマはおそらくイスラエル以上に根強いからです。今後日本で医療用大麻を合法化した場合、多くの人々が上記のような体験をするリスクが高いと予想されます。

大麻に限ったことではなく、スティグマは様々な病気や障がい、マイノリティ集団などにおいて問題となっており、生きにくさをもたらしています。スティグマによる問題を解決していくことは、社会全体の大きな課題と言えます。

私たちはテレビを始めとしたマスメディアにより、日々様々な情報にさらされています。日常会話あるいはSNSにおいても、たくさんの噂や意見を見聞きしています。この過程の中でスティグマは形成され、意識の中に深く根付いていきます。

情報溢れる現代社会において、スティグマの形成を避けるのは難しいかもしれません。ですが、一人ひとりがスティグマに行動や感情を支配されないようにすることは可能なのではないかと思います。

スティグマに支配されない方法。
それは、相手のことを純粋に知ろうとし、理解しようとする「思いやりの心」ではないでしょうか。

「大麻を使う人は、社会的に逸脱している」

ここには外部からの情報や固定観念しか存在せず、その人自身のことがスッポリと抜けてしまっています。

曇りガラスを通して人を判断するのではなく、相手がどんな人なのか、クリアな目を持って知ろうとすることが大切だと思います。人にはそれぞれ様々な生育歴があり、生活環境があり、趣味嗜好があり、考えや想いがあります。そういうのを抜きにして人を勝手に判断してしまうのは、あまりにも悲しいことですよね。

「この人大麻を吸っているけど、どんな人なんだろう」
「なんで大麻を吸ってるんだろう」

純粋に相手を知り、理解しようとする思いやり。この心があれば、たとえ普段どんな情報や噂にさらされようとも、生きにくさを与えるような存在とはならないのではないでしょうか。むしろ心を開くきっかけを作り、生きやすさをもたらす存在となるように思えます。

生きやすさを与えられる人が増えれば増えるほど、隠れて医療用大麻を吸うという人は減っていくのではないでしょうか。

「大麻」という1つのトピックを通して、できるだけ多くの人が「思いやり」について真剣に考えられるようになることを、筆者は心より願っています。

廣橋 大

麻マガジンライター。看護師国家資格保有者。2021年より大麻の情報発信に携わる。

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